藁しべ長者×確率

 知り合いのW君は、ギャンブル依存症だった。


 どのくらい依存しているのかというと、ギャンブルのために親の貯金に手を出して勘当され、友人達から金を借りまくったため縁を切られ、果ては長年同棲していた恋人に呆れられて捨てられたほどの筋金入りだ。


 特に、パチンコに目がない。


 パチンコ屋独特の、パチンコ台が出す姦しい音や、玉が流れたり弾け飛んで当たったりする喧しい音、煙草の匂いが渦巻く汚い空気が堪らないのだそうだ。


 町を歩いていてパチンコ屋を見つけたら最後、気付くと台の前に座ってハンドルを握っているらしい。


 パチプロというほどの腕前ではない。

 本人いわく、勝ち続ける時があれば、負け続ける時もあるから面白いと言う。


 W君は、通販会社の配送工場の夜勤などをして生計を立てていたが、常に収入よりも支出が上回っているので、給料日が来ても、右から左に流れていってしまうらしい。

 なので、パチンコをするために、借金をする。その毎月の返済が支出のうちに含まれるのだが、W君はそれは別物として考えているようだった。

 とにかく、サラ金から用立てた借金が膨らみ始めたため、わたしのところに相談に来た。

 とは言え、返ってくる予定のない金を恵んでやるほど、我が家にも余裕はない。


「パチンコやめて、借金返済に集中すりゃいいんですけどね」煙草を吹かしながら、腕を組むW君。

 わかっているなら話は早いじゃないか、とすげなく追い返そうとしたが、けど、そういうことじゃあないんすよねと絡んでくる。


「大勝ちして、ちょちょいと返済するのが、ギャンブラーなんですよ」


 で、大勝ちできる予定はあるのかい? と聞けば、そんなのは確立なんですよなどと、当てにならない事ばかりを並べる。

 自分は確立的にこれから運が巡ってくる計算で、金持ちになる予定だから、金を貸してくれれば二倍、いや三倍にして返すつもりなのに本当に貸さなくて後悔しないのかと戯言が止まらない。

 はいはい、後悔しないから大丈夫です、といなしてW君を玄関まで押しやった。

「本物のギャンブラーが本気を出したら、どんなことになるか、見てろよ!後で、ほえ面かいても知らないからな!」と、閉めようとする扉越しに捨て台詞を吐きつけながら、彼は渋々帰っていった。


 数日後、W君が暮らす木造アパートの集合ポストに、パチンコの新台入換えを告知するチラシが入ったらしい。


 その日は、ちょうど祝日。

 彼の仕事は休みだった。


 たっぷり睡眠を取ったW君が、さぁパチンコに行くかと、部屋を出たタイミングだったようだ。


 近所のパチンコ店の情報は、逐一チェックしている彼は、部屋に取って返すと、さっそくチラシを広げる。


 カラフルに刷られたチラシには、見知った馴染みの機種に混じって、目玉の新機種が大きく取り上げられていた。


 その新機種に、赤いペンで、眼科検査表のマークに似た角張った雑な半円がつけられている・・


 誰かが、先に、このチラシをチェックしたらしいのだ。

 しかも、新機種を打つつもりで、しっかりとマルまでつけて。


 W君は、腹が立った。

 自分のポストに入っていた、自分にきたチラシを、どうして他人が先にチェックしているのかと憤慨した。

 彼の生き甲斐とも言えるパチンコのチラシだったので余計だ。

 これが、ピザや寿司のチラシ、場違いな分譲マンションなどのチラシであったなら、マルがついていようがなかろうが広げる事もなく即ゴミ箱行きだっただろう。

 W君は、チラシを破り捨てようと両手で掴んだまま、しばらく葛藤していたが、思い直して二つに畳んだ。


 パチンコのチラシに、罪はない。


 W君は、そのチラシを、テレビ横に並ぶパチンコ雑誌の間に挟むと、鍵をかけて出かけた。

 向かうのはもちろん、さきほどのチラシの店。

 だが、W君は新機種に興味はなかった。入れ替えたばかりの新機種は、そこまで出ないというのが、彼のこれまでの経験上での持論だ。なので、他の機種を打つ。

 相変わらず、パッとしない。カニ歩きをする。そうこうするうちに手持ちが尽きてきた。

 めぼしい台もなくなったので、なんとなく例の新機種に座った。

 すると、待ってましたとばかりに、出始めたのだ。

 新機種は、出が悪いというそれまでの、彼の概念を覆すほどに出た。

 ドル箱が、どんどん積み上がっていく。W君の周りに、人集りができ始めた。

 結局、故障しているんじゃないかと慌てた店員が飛んできて、打ち止めにするまで出続けたらしい。

 換金所で交換した現金を懐にしまいながら、W君は夢見ごちだった。

 どうやら、やっと自分にも運が向いてきたようだと感じたらしい。


 それから、二週間後。


 今度は、別の店の新台入換えの告知チラシが、W君のアパートのポストに突っ込まれた。


 W君は例によって、パチンコ屋に向かおうと部屋を出たところだった。


 今回も、部屋に取って返すと、チラシを広げる。


 すると、また赤いマルが、ついていた。


 チラシの真ん中を飾る新機種を、角張ったマルが囲っている・・


 W君は、ふと考え込んだ。


 前回、大勝ちしたのはマルがついた新機種だった。

 あれは、単なる偶然だろうか?


 もし、偶然でないとしたなら、誰かが、このマルをつけて、おれに大勝ちする機種を教えてくれていると、こうも考えられる。


 やけに辿々しく雑なマルのつけ方を見ると、高齢や障害のために、手が些か不自由なのかもしれない。


 だが、なんのためにそんなことをする必要があるのだろう?


 悶々と考えていてもわからなかったW君は、実際にマルがつけられた新機種を打ってみて検証することにした。


 結果、大当たり。


 またしても、大勝ちしたのだった。

 そして、W君は確信した。

 間違いない。

 親切な誰かが、おれに出る台を教えてくれているんだ、と。


 それからは、チラシを心待ちにするようになった。


 しょっちゅうポストを開けて確認し、チラシが入っていない時にはパチンコは打たないようにした。

 無駄に打って、中途半端に出てしまったら、親切な誰かに見放されるかもしれない。

 そんなことを心配して、過ごした。


 再び、新台入換えのチラシが入ったのは、二枚目のチラシから一週間後のこと。


 今回は、マルではなく力強いチェックマークだ。

 ただ、チェックマークの向きが逆で、チラシの端に寄りかかって立っているような具合なので、どの台なのかが、わかりずらくなっている・・


 それを見たW君は、ははぁ、おれがどれを選ぶかを試すつもりらしいと思った。


 彼は、チェックの線にかかっていた全ての台を打ったのだという。

 結果、大勝ちとまではいかなかったが、そこそこ出た。


 そして、数日後、四枚目のチラシが入った。

 今回は、何台かに跨がって左上から右下に向かって斜線が引かれているだけの内容。

 線はチラシからはみ出していてかなり雑・・


 W君は、これは、つまり、斜線の下の台は打つなってことなんだなと考え、その通りにした。


 結果、大損。


 どこに座っても出なかったのだ。


 これまでの勝ち分を不意にしたW君は怒りながら帰ってくると、インチキチラシを取り出した。

 そのまま、破って捨ててしまおうかと思って、これまでの四枚を全部並べた。

 その時、妙なことに気付いたのだ。


「赤かったインクが、赤黒く酸化してたんですよ。それで、変だなって思って並べたら・・」


 それぞれのチラシを組み合わせると、三文字の片仮名ができたそうだ。


「急におっかなくなって、慌てて引っ越しました。っても、親に頭下げて実家に帰ったんですけど。パチンコ? やるわけないじゃないですか。命まで賭ける確立なんて、ご免ですわ」言いながら頭を掻いた。

 その拍子に、脇に挟んでいた新聞が落ちる。


W君、どうやら今は、競馬に嵌っているらしい。

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