せいなるよる
「鍋するべー!」
「鍋するべー!」
テンション高く声をあげるのはあたしの愛すべき友人
追従するのは芳野の彼氏
クリスマスのイブの夜、あたしたちは芳野の家で鍋を囲んでいた。
芳野とあたし、あるいは芳野と木庭兵衛の組み合わせでならば、鍋をするのも有りだろう。
だけど、どういう訳かこういう面子だ。
しかもしかも、芳野のご両親は不在という都合の良過ぎるシチュエーション。不安しかない。
「りっちゃん、イブの夜って空いてる? 良かったらうちに泊まりに来て鍋でもしない?」
冬休み目前のある日、こんな風に芳野に誘われた。
イブの夜、特に予定なんてない。家族でパーティって年でもないし、一緒に過ごしたい特別な誰かかいるわけでもない。
よいよと即答しかけてハタと気付く。芳野には
「兵衛くんも一緒、なんだけど……嫌?」
少しだけ申し訳なさそうに返してくる。
芳野はわたしが木庭兵衛のことをよく思っていないことを承知だ。そのうえであたしと木庭兵衛を友好的な関係にしたがっている。
木庭兵衛のことを快く思わないのは耳にしてきた蛮行ゆえで、それらが芳野にふさわしくないと一方的に理由付けしているだけ。
わたし自身が奴から直接害を被ったことは一度たりとてない。
木庭兵衛のことを嫌っている一番の理由を心意の奥底まで探れば、友人である芳野を
認めたくはないけれど、子供っぽい独占欲からだ。
親友ならば、相手がとんなであれ彼氏ができたことを素直に喜び祝福すべきなのに、それができない。
ここは大人な対応をと、考える時点で自分が大人でないことを思い知る。
「……良くはないけど」
渋々って
約束の日約束の時間に祖父江家へと赴けば、玄関先で真島友矩と鉢合わせ。
「……なんであんたが居るの?」
開口一番問い質せば、
「祖父江と兵衛にお呼ばれした」
と真島友矩は返し、続けて、
「――あれでなかなかに策士だな、祖父江」
口元に愉し気な笑みを浮かべる。
真島友矩の一言で芳野が何を企んでいたのかを察した。
友達の友達はみな友達だ、か。
「……芳野ぉ」
ハメられたことへの怒りが小さく口から洩れてしまう。
そんなあたしを真島友矩は笑っていた。
「りっちゃん、いらっしゃい。申し訳ないけどお留守番お願いね?」
挨拶を交わし合ったあと、あたしたちと入れ違うように芳野のご両親は家を後にしていく。
十代の出来ちゃった婚をした芳野のご両親、婚後十数年経つが未だ熱々。
娘に彼氏ができたのをこれ幸いと、「クリスマスのお泊りなんて何年振りかしら~?」なんて嬉々としてらっしゃった。
木庭兵衛のことはとっくに公認済みで、言葉尻からはふたりが
なるほど真島友矩の言うとおり。芳野のはかりごとにまんまと乗せらちゃったわけか。
友人になってそれなりだけど、またまだ芳野の知らない一面があることを知った。人付き合いって深いな。
友人の彼氏・彼女の友人って風に互いを見ているあたしと木庭兵衛、会話もなおざりでぎこちなく実に空々しかったのだけど、時間が経つうちにそれなりの会話をこなせるように。
つないだのは泰然としてる芳野ではなく、真島友矩だった。
粗野な木庭兵衛と違い、武闘派ではあるが頭のキレる男だと噂には聞いていたが、これがこれが予想以上に機知に富んでいて、あれやこれやと話題を振っては接点の少ないあたしと木庭兵衛の間を埋めていくのである。
ある意味噂通りであって噂とは違っていた。
それは木庭兵衛にも言えていて、口下手なのは間違いないけど即暴力に走る手合いとは感じられなかった。朴訥で言葉を選んで話す、芳野の言っていた通り普通の
なんてことはない、あたしの思い込みで一方的に嫌っていただけ。
自分の視野の狭さが恥ずかしい。本当、子供なのはどっちだか。
鍋を囲んだ宴はそれなりに関係をほぐし、新しいものを築けたような。
鍋を終えて交代でお風呂いただいたりゲームやお喋りで楽しんだあと、居間での雑魚寝となり寝入ってどれくらい時間が経ったのか?
不意に目覚めると、隣りで眠っていたはずの芳野の姿がなかった。
トイレかな? そう考えたらかすかに尿意を覚えてお手洗いに立とうとしたとき、
「――」
かすかに耳に届く、聞き覚えはあるけど聞いたことのない声。居間の続き間、閉じられた襖の向こうからそれはした。
襖に耳をやればかすかな声はより鮮明になり、何か大きな感情を押し殺そうとしているもので、それがひとりじゃなく男と女
同時に聞こえてくるのは柔らかなものが撃ちつけ合う音。乾きの中に湿り気の混ざった音。
あたしは誘蛾灯に惹かれる虫のごとく息を殺して襖へと近づき、向こう側で何があるのかを知ろうと手を伸ばし――。
「!」
伸ばした腕が襖に届く前に手首をガッとつかまれ引っ張られたことで、ハッと我に返り声を上げかけたが口元を塞がれてしまう。
驚いて見返せば真島友矩。口元を塞いでいた手のひらを外すと自分の唇に人差し指を立てて声を立てないようにと伝え、あたしを伴って音をたてないように襖から離れる。
居間の端、襖から遠い、真島友矩と木庭兵衛が眠っていたところ。――木庭兵衛の姿はない。
自分でもよくわからない感情が爆発してしまいそうになり声をあげようとしたあたしを、真島友矩は強い視線で制して首を横に振る。
喋るなと。
けど、だって。そんな思いを込め目で訴える。
真島友矩はフーッと息を吐き、難しい顔をしたままあたしの耳元へ口を寄せ、
「……知らんぷりしてろ、向こうはたぶん
小声の諭すような口調でそう言ってからあたしから離れると、あたしたちが寝ていた場所を顎で示してから、自分はこの場で毛布にくるまった。
真島友矩はもう答えようとしない。あたしは受け入れがたい何かを抱えたまま、のろのろと元の場所へと戻り真似するように毛布を巻き付け埋もれる。
襖の向こうからの音や声が聞こえないよう耳を塞いで……いつしか眠りに落ちていた。
夜中にもう一度目が覚めたとき、芳野は横で眠っていた。そっと目を向けると襖は開いていて、何かを確信してそれからまた眠った。
夜が明け皆と顔を合わせる。
木庭兵衛はどことなくぎこちないけど、芳野と真島友矩は特に変わった様子もなくて、大したものだと思う。
朝餉を済ませ、お昼までたわいないお喋りやゲームをして過ごした。何もなかったんだと自分に言い聞かせながら。
お昼になったあたりで
間接的にだけど、自分が大人への一歩を踏み出していることに気がつき、よくわかんない笑いが出た。
祖父江家から出て真島友矩と並んで歩いてく。互いに無言のまましばらく歩いてから、
「……
唐突に真島友矩が口を開いた。発した言葉の意味するところに一瞬頬が熱くなったが無視して、なに? とばかりに顔を向ければ、
「俺たちに見せつける……いや、
真島友矩はあたしを見ることなく前を向いたまま、なんでもない風に言った。
「どういう意味?」
聞き捨てならないとばかりに真島友矩の腕を引いて足を止めさせる。
「――俺はあいつらがああいうことしてても気にゃしないけど、鏑木は違うだろ? 頭じゃわかってても認められない認めたくない、違うか?」
あたしへと視線を向け "しょうがねぇなぁ" って感じに息を吐いてから、覆いかぶさるように――真島友矩はあたしよりもかなり背が高い――あたしを覗き込んで言う。
くやしいけど、言ってることはその通りなので頷けば、
「気持ちのどっかでそんな風に思ってる鏑木への意思表示だよ。自分たちはこういう仲だ、鏑木がどう思っていようとこんな感じで付き合っていくってな」
淡々と真島友矩は言葉を続けた。
「……口で説得するより行動で示す方があたしには効果的って?」
「実際、その通りだろ?」
少し憤慨しながら言ったあたしにシレッと返す真島友矩。――なんだろ、お見通しって感じでなんか腹立つ。で、
「
足の甲を踏んづけてやった。
文句言ってくる真島友矩を置き去りにして、駆けだしながら軽く振り向きしかめっ面で舌を出す。
「この……鏑木
追いかけてくる真島友矩、逃げるあたし。突然始まる追いかけっこ。
なんだろ? 顔がほころんでくる。走っているうちになんだか楽しくなってきた。
このまま走っていられればいいなって思ったけどいかんせん、歩幅が違うのですぐに追いつかれてしまう。
立ち止まり息を切らしながら顔を合わせ、どちらからともなく笑い合う。
「――なぁ、鏑木」
「ん、なに?」
呼吸が整ったあたりで、ふいに真島友矩が言ってきた。
「俺たち、付き合わん?」
……えっ? 突然の言葉に一瞬呼吸も思考も止まる。
「すぐ彼氏彼女は無理だろうし、定番のお友達から。どう?」
どこかからかうみたいな顔つきと口調。あ、なんか企んでいる?
そんな気持ちが顔に出てしまっていたのだろう。真島友矩はお茶らけ顔を少しだけ引き締め、
「――わざわざ隣りで
突飛すぎる考えに声が出ない。
「当てつけられてのぼせた俺らが釣られておっぱじめればヨシ。しなくても意識しあうようになれば上等。たぶんこんなところだ」
「……なんで?」
「さてね。俺は祖父江じゃねぇから真意まではわからんが――想像は出来る」
口のなかが乾き頭の中ぐちゃぐちゃでうまく言葉が出てこない、だから視線で先を促す。
「お互いの友達同士も付き合うようになれば嬉しいな。そんなとこじゃね?」
力の抜けた、どこか呆れたような感じで言い捨てる真島友矩。
その一言に屈託なく笑う芳野の顔か浮かび、妙に腑に落ちて、
「……芳野なら、あり得る」
「――だろ?」
力なく言ったあたしに真島友矩が同調する。
乾いた笑いを交わし合ったあと、
「で、どうする?」
「どうするって?」
「付き合う? 付き合わない?」
……真島友矩がうわさに聞いたほど悪い奴ではないことは知った。気は利くし空気も読めるなかなかに賢い男なこともわかってる。
芳野の思惑通りになるのは癪だけど、真島友矩に興味と少しの好意を抱いてる自分に気づいてる。
――けれど素直に答えるのは悔しいし、何よりも気恥ずかしい。
だから、ここはこう言おう。
「――し、仕方ないわね、そこまで言うのなら、いいわ、よ。付き合ったげる」
うわっ、やだ、声うわずってるしつっかえてる。あ~、締まんない。
自分の顔がカーッと熱くなっていくのがわかる。真島友矩が面白いモノ見る顔して笑ってやがる。
「――笑うな」
「はいはい」
照れくさくて威嚇したあたしへと、真島友矩が柔らかく笑いながら手を差し伸べてくる。
「はじめの一歩。まずは手をつなごうか?」
まっすぐ見つめて言ってくる真島友矩。そこにからかいの色は、ない。
あたしは視線を合わせられず、あっちにキョロキョロこっちにキョロキョロと泳がせてから、
「……うん」
そっと手を取った。
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