Triangler

 暮れも押し迫った夜、自室のベッドに寝っ転がっているとケータイから呼び出し音。

 相手先表示を見れば友人の木庭きば 兵衛ひょうえ

 こんな時間にあいつからとは珍しいと思いながら通話にすれば、

真島ましまくん、こんばんは」

 耳に入ってきたのは聞き慣れた兵衛ではなく、その彼女・祖父江そふえ 芳野よしのの声。

「私ので掛け直すから――」

 なんで祖父江が? と訊くより早く言いたいことだけ言って通話は切れ、間を置かず知らない番号からのコール。

 そういや祖父江からの電話は初めてだなと今更思いつつ出る。

「改めまして、こんばんは真島くん」

 いつものおっとりとした顔が浮かぶような声音。

「あぁ、こんばんは」

「知らない番号からだと取ってもらえないかもと思って兵衛くんのから」

「かけて来たと」

「そ。これで次からは大丈夫ね」

 何が楽しいのやら、鈴を転がしたような声が耳に響く。

 祖父江おまえからの直電がそうそうあるとは思わんがなと、胸の内でつぶやきつつ、

「で、こんな時間になにかな?」

 部屋の掛け時計に目をやり現在時刻を確認し、電話してきた理由――予想はつく――を訊く。

 以前の俺や兵衛ならともかく、寝るには早いが品行方正まじめな高校生が遊びに出歩くような時間でもない。

 電話向こうの様子から屋外ではなく室内からなのは察せられたが、からかけてきているのやら、だ。

「ん、りっちゃんのこと……お付き合いするんだよね?」

 ……やはり鏑木かぶらぎとのことか。

「どっちから?」

 知ったのかと問えば、

「兵衛くんからの方が早かったかな」

 と返ってくる。クリスマスあの日の夜、兵衛には電話で知らせていたが……まさかその時も一緒にいたのか?

「私の大切な友達、お願いするね」

 ……言ってることは真摯で声音もそういう感情のこもったものなんだが、あの夜以来印象の変わった祖父江だからか素直に受け取ることは出来ず、

「――なぁ」

「ん、なにかな?」

「祖父江は鏑木を?」

 つい思っていることが口から出た。

「――」

 沈黙。見えはしないが確信は出来る、きっと今の祖父江には表情がない。

 電話向こうから「芳野?」と訝し気な兵衛の声が聞こえ、通話口を塞いだのだろう不明瞭な祖父江の対応してる声。おそらく何でもないとか言ってんだろうな。

 不意に音がクリアになり、言葉を探しているような息遣いが耳を打つ。

「……なんでそう思ったの?」

 祖父江はさっきまでの作り物めいた快活さではなく、感情の起伏のない平坦な声音で訊き返してきた。

 んなもん決まってんだろ。

「あの晩、祖父江がしたこと。そいつが答えだよ」

 そう切り出してから、クリスマスの昼、祖父江んからの帰りに鏑木にしたのと同じ話をしてやる。

「――さすがだね」

 喋り終えてしばらくしてからポツリと祖父江。声には言葉通りの感心した感情が乗っていた。

「真島くん、兵衛くんが紹介したときから私とは微妙に距離とってたものね」

「兵衛にお似合いなのは認めている。ただ白すぎる表向きの内側が、な」

「黒い?」

「黒とまでは言わんが、ドロドロしてるなとはずっと思ってる」

 俺の言葉に祖父江は声を抑えて笑い、

「うん、やっぱり真島くんて見込んだ通りの人だ、りっちゃんにぴったり」

 実に嬉しそうな声で言いやがるから、俺も、    

「――だろ?」

 と、皮肉たっぷりに言い返す。

「あ、は。……そこまでわかっちゃうんだ? すごいね」

「祖父江が鏑木のこと好き過ぎるのなんざ、俺でなくてもわかるわ」

までわかる人って、そうはいないと思うよ?」

 祖父江はそう言うと、くぐもった笑い声をあげ、

「――私、りっちゃんのことが好き、大好き。もしかしたら兵衛くんよりもずっと」

 憑きものが落ちたような静かな声でしっとりと話し出す。自分が友人に対して抱えていた友情以上の強い感情の正体を。

「でもりっちゃんが私を友達以上には見てくれることはなくて……それが哀しくて悔しくてね」

 可愛さ余って何とやら。鏑木を汚したい、めちゃくちゃにしてやりたかったのだと。

 兵衛とのを見せつけようとしたのも、俺という当て馬を用意したのも、つまりはこと。

「――難儀なこって」

 しかし、俺にすれば "だからどうした" だ。そういう感情の捌け口に第三者を巻き込むんじゃねぇよ。  

「まぁ、祖父江の気持ちがどうあれ、俺は俺の気持ちで鏑木と付き合ってく。それでいいな?」

 同性に対する過剰な感情なんぞに付き合ってられるかって気持ちを明け透けに言ってやれば、

「……そんな真島くんだから、任せたいんだな。――りっちゃんをお願いします」

「あいよ」

 電話の向こうで深々と頭下げてるような声音の祖父江に、俺はつっけんどんに答え、

「あ~それと、やりたい盛りなのはわかるが夜出歩くのはほどほどにな。祖父江はどうでもいいがせっかく良くなった兵衛の評価、貶めるような真似は避けてくれ」

 言外にサルじゃあるまいし少しは慎めと告げれば、

「どうでもいいって……ひどぉい。真島くん、兵衛くん大事にしすぎ~」

 非難交じりな返事はどこか楽しげで、

「どの口が言う。そんじゃな」

 俺も似たような軽口で応え、文句が飛んでくる前に通話を終わらせた。

 祖父江の兵衛と鏑木に向ける好意、同じベクトルなのに片方には伝わることは、おそらくない。

 ――ったく、面倒くさい三角関係に巻き込むんじゃないてぇの。

 一息入れてから、ゴチャゴチャになった頭を冷やそうと窓を開ける。

 真冬の冷気に身を引き締めながら見上げれば満天の星々。

 ひときわ目立つ大三角を指さし、なんとなくオリオンをなぞった。   

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