第25話「危険度ゼロ(Side Rune)」

 歴代随一と言われる魔力量を持って産まれ、なんでも出来る魔法使いになった感想はって?


 特に語ることは何もない。


 普通。


 魔法使いとして認められた当初に感じていたはずの万能感など、とうになく。


 ただただ、生きているから惰性で、その先も生きているような気がしていた。


 人の一生では使い切れぬ現金を手にして、働く必要なんて何もないのに、いよいよ面倒な立場から逃げたいと思うまで魔塔を辞めようとしなかったかと言うと、要は単なる暇つぶしだ。


 生きるということは死ぬまでの時間を埋めるだけの、単調な作業。


 俺にとってはある時点まで、そうだった。


 人の望むすべてを得て、どんな楽しみでさえも無理なく楽しめる立場になると、どうしても何かが欲しいと焼け付くほどに飢える事も何もない。


 何でも手に入るのだから、何かに特別な執着を感じることもない。


 そう。だから……世界中のなにもかもが、色褪せて見えていたものだ。


 魔王討伐を終え必要最低限の役目を果たして一目散に逃げ出した勇者シリルを探してこいと言われた時、他人事の俺はいよいよあいつも逃げられなくなったかと思った。


 シリルやライリーは友人というより、戦友だ。


 世界を救うために強制的に組まされたパーティの中で、ベアトリスという耐えがたい困難にも励まし合い協力して打ち勝ち、見事役目を果たしたという戦いの戦友。


 仮想敵国を作りだし内部の結束を高めるという良くある作戦は、とても理にかなっている。


 俺たち三人は、それを実地で学んだ。


 もし名乗るとしたら、ベアトリス被害者の会だ。


 加害者の犯行をわかりやすく言うと、ベアトリスは常識というものを知らない。


 まあ、それだけなら大事に育てられた深窓の令嬢にはあるあるな症状かもしれないが、要求が通らないとこちらの言うことを一切聞かなくなる。


 これが、まだ二桁以下の年齢の女の子なら、俺たちも「まあ、わからないだろうから、仕方ないな」で許していたのかもしれない。


 これから経験を積めばいつか我慢や妥協を覚えていくだろうと、俺たち人間は下の世代を許し合っていくことを繰り返していくはずだからだ。


 だが、救世の旅が始まった時には、ベアトリスの年齢は成人近かった。


 泣いて癇癪を起こされても、可愛くない。


 心の距離はどんどん開いていった。


 一緒に居た一年半の間には、俺とベアトリスとの間にはいつしか埋めがたいほどの奈落が出来ていた。


 どんなに顔が綺麗だろうが美しいと褒めそやす容姿を持っていようが、どうでも良い。嫌なもんは嫌なんだ。


 素晴らしい容姿を以てしても、ベアトリスの持つ様々な欠点はなかったことにはならない。


 要するに自分を気持ち良くさせるためだけの要求を繰り返しているだけで、彼女とそれ以外は姫と召使いの関係だ。


 もし万が一があって召使いになるのだとしても、仕える主人が悪すぎる。


 俺が逃げることを許されている立場であったら、三日と持たずに逃げていたはずだ。


 俺たちも、最初は言い聞かせてなんとかしようと思った。年齢的には上だったし、理屈を話せばわかると思うからだ。


 何をしても、全く響かず無駄なこととは知らずに。


 多くの命が掛かっているというのに、ベアトリスにとってはその朝に起きた時の寝癖の方が一大事なのだ。


 世界救済の旅を、物見遊山の旅と勘違いしている。


 俺は真っ先に匙を投げた。言葉が通じないのだ。いいや、意味は通っても、理解しようとしないのだから、理解するはずもない。


 断言しても良い。どんなに包容力のある男でも、あれは無理だ。


 実際に妹の居るシリルは、根気よくベアトリスに説明していたようだ。


 肉親には駄目な子ほど可愛く見えるらしいが、血の繋がっていない俺には全く可愛く思えなかった。


 ベアトリスが気候の良い街に留まりたいと言い出しても、俺たちだっていつまでも同じ場所に留まっている訳にもいかない。


 宥めてすかして、どうにかして動いてもらうしかなかった。


 いや……俺たち三人だって全く望んでない事態ではあったが、一年半もの間、朝も昼も夜も助け合って生きてきたのだ。


 そういう関係性で、親しくなるな仲良くなるなわかり合うなって言う方が、それは無理な話だろう。


 そんなこんなでシリルが結婚して、俺はというとあんな募集に応募して来たフィオナのことが気になって堪らなかった。


 まあ、こうなるだろうなという安易な未来予想を覆す、奇跡の存在。


 少し話してみれば、おかしいくらいに純粋だ。


 求婚者が現れないのだと言う。俺は何か誤解があるんだろうと思った。


 それによく理解出来ないくらい程に、自信がない。


 不器用なのかと思えば、すぐに執事に優秀だと認められてしまうくらいの有能振りを見せる。


 シリルと成り行きで結婚することになったフィオナは、彼女の持つ何もかもがちぐはぐな印象だった。


 何かを気になったらそれを解き明かすために、研究したくなる。


 これは魔法使いというか、研究者にはそういう悪癖がある。


 大前提として魔法使いは、研究者でないと務まらない。


 無数の魔法構造を覚え、それを自分なりに落とし込んで現実へと発現させる。俺はそういう職業病を患っていた。


 だからと言って、女の子をそういった興味の対象にするのは、俺には産まれて初めてのことだった。


 人妻だから、不用意に触ることも出来ないし、口説くことも出来ない。


 しかも、自分が結婚のきっかけを作ったと言っても過言ではない、親しい友人の妻。


 決して手が出せぬ、不可侵の存在。


 つまり、平たく言ってしまうと俺はシリルのことが好きなフィオナが、気に入っているのだ。


 かなり、やばい状況だ。俺って別に、苦行が好きな訳でもないんだけど。


 夫を好きな妻が気になって堪らないなんて、まじで人生終わってる。詰んだ。


 いくら何度も賽を振っても、進まないし進めない。当たり前だ。人の所有する何かを略奪することは罪だ。


 だが、俺が思うに、人の感情には永遠はない。


 かつ、シリルが不慮の事態で居なくなることだって、ないとは言えない……誤解のないように言っとくと、別に俺はそれを願ってはない。あいつのことは悪く思ったことはないし……嘘だった。単純で本当に馬鹿だなと思うことは、あったかもしれない。


 大事なことは、可能性はゼロじゃないという事実だ。それは、純然としてそこに存在している。


 そうだ。嘆き悲しむ未亡人がもし未来居るなら、慰める役目は俺がしたい。


 だから、俺は別にこのままで良いと思っている。


 つかず離れず、意識もされず、たまにお茶を飲む関係。


 長い長い時が経って、このままで何も変わらないだなんて、誰にも言えるはずがない。


 千里眼だって未来視だって、すべてを見通すことは出来ない。


 だが、誰が意味不明だと罵ろうが、俺の行動を決めるのは俺だけだ。


 特段気にしないので何か言いたがる外野は貴重な時間を無駄にして、お好きにお騒ぎください。


 フィオナが未来悪い風に変わってしまっても、好きなのかと知りたいなら、どうか……その時の俺に聞いてみてくれ。


 遠い未来の俺は、今現在の俺ではないからだ。


 看板で結婚相手を募集したら、双方にとって幸せな結婚も出来たりもする。


 少々頭が働こうが人生は計算通りになんて、いかないことだらけだ。


 これだけは、言っておきたい。


 まじで未来は、予想がつかない。本当にわからない。


 だから、どんな状況に遭ったとしても、人は諦めるべきではないと、俺は思う。


 なんとなく感じているのはフィオナは俺には良い印象を持っているが、既にシリルが居るので意識もされずに範疇外にされている。


 彼女にとっての恋人であり夫は、世界中にただ一人だけの特等席だからだ。


 だから、大人しくしとけば嫌がられる事もないだろう。


 自分で言うのもなんだけど……俺って本当に良き魔法使いで、見た目は可愛くて人畜無害だし?

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