第13話「わかってた」

「俺はあんたが酒場で自分には縁談がないって言っていた時から、なんか話がおかしいと思ってたよ」


「え。そうなんですか?」


 今日も今日とて、夫の友人ルーンさんはシリル不在にも関わらずにロッソ公爵邸でくつろいでいた。


 魔塔でのお仕事は良いんですかと聞いたら、もうすぐ辞めてしまう職場だから何を言われても特に気にしないそうだ。強い。


 いままで私は夫のシリルにしか目を向けてなかったんだけど、この前に「俺と一緒に逃げよう」と言われてから、いけないとは思いつつルーンさんを意識してしまうようになってしまっていた。


 魔法使いルーンさんはその体の中に持っている魔力が尋常ではないせいか人より、成長が遅いらしい。だから、彼は勇者シリルと同じ年齢なんだけど、彼よりもかなり若く見えるのだ。


 年齢的には下の私よりも年下で幼く見えるとても可愛い童顔を真っ向から裏切る、低い声と大人っぽくて落ち着いた性格。今でも背は高いけど、もっと高くなるのかもしれない。


 結婚しているくせに浮気だと言われてしまうけど、あんなことを私に言ってくれる男性は私の人生の中で、シリルとこのルーンさん以外誰も居なかったから。


 少々意識してしまうようになるのは、仕方ないと思う。


 とは言っても、ルーンさんは私を勇気づけたかっただけのことだから「もしかしたら自分を好きなのでは」とは思っていないけど……ただ、私が意識してしまうだけ。


「だって、異性の好みって、人それぞれでさ。百人が居れば百人違う。女の子が二人並んでて、片方に全部が寄るってありえない。普通なら」


「え……でも」


 いままでの常識がくつがえされたようで私には、良くわからなくなった。誰だって美人が好きだと思う。もちろん、私も。


 性格の良い美人なら、なおさら。


「あんたさ……男の気持ちが、わかってないと思うよ。なんなら、もしモテないのなら、俺でもイケるかも声をかけようみたいな男だって絶対居るんだ。数が居れば、そういうやつも出てくるもんだよ。全員が全員、頭の良い美人を好きなわけじゃないから」


「……そんなものです?」


「あんたの思う通り、美人で話の上手い女を好きな男もそりゃ居るよ? 数は多いかも。それは否定しない。けど……自分がある程度能力持ってると自負している男なら、不器用で守りたいと思える女を好きだよ。俺が居なくてもやって行けると思えば、俺は居なくても良いじゃんってなるし。大体は好きな女に頼られたいから、能力高める訳だろ。前提がそれだから……うん。そうそう。シリルはそうだと思うよ」


「そっか。シリルは、そうなのかもしれないですね」


 私はルーンさんが言ってくれた理屈を聞いて、ようやく納得した。


 自信がなくて頼りない女性を、自分が守ってあげたいと思ってくれる男性だって居るんだと。


「……まーね。声をかけられる数は、わかりやすく外見の良い美人のが多いかもね。けど、絶対控えめ性格の女を、好きな男もいる。だから……俺はなんかしら誤解とか、あるんじゃないかと思ってた。それなりに力を持ってるノワール伯爵家の娘に、縁談がひとつもこないとか、おかしいだろ」


「そう……ですよね。私、なんでおかしいと思わなかったのかしら」


 確かに好みもあって、引くてあまたでモテている女性が好きな男性ばかりでもないといったことも、ちゃんと理解出来た。


 私は自分の見えているせまい視界の中で、全部判断していた。


 もしかしたら、そんな中でも親切な誰かが忠告をくれたかもしれないけど、それすらも絶対にないと後ろ向きになって切り捨てていたかも知れない。


「そこは仕方ない。あんたの家族は歳離れた跡継ぎと兄と姉が居て、一人だけ遅くに産まれてる。交友関係ってよっぽど打ち込んでる趣味でもなければ、同じ年代でかたまるから。そのあたりに金をばらまいて圧力かけて上手く言いくるめて口裏を合わせれば出来るかも」


「エミリオ様は、なんでそんな事をしたんでしょう」


 私はそれが本当に、不思議だった。私は自分が好きだと思う相手を一人にして悲しませたいとは、絶対に思えないもの。


「……うーん。品性はゴミだし絶対仲良くなりたくないけど、頭は良いかも。確かにそうしたら、気に入って好きになった女は思うがままだもんな」


「けど……そんな愛され方は、嫌ですよね」


 当の本人になるはずだった私は、絶対に嫌だった。


 けれど、もしかしたら精神的にだいぶ参っていて、エミリオ様の言うことしか信じられなくなっていたら?


 そう思うと、背筋がゾッとしてしまう。


 シリルとのあの偶然の出会いは、その時はそうだとわからなかったけど、私の人生が救われるように誰かが与えてくれたのかも知れない。


「普通ならね。けど、ある意味では幸せなんじゃないの。悪い男で権力も持ってるなら、何の努力しなくても従っているだけで生きられる。そういうのを望んでいる女性も居る。価値観の問題だから。けど、シリルはそうじゃないよ。あんたの好きなこと、何でもさせてあげたいって言ってた……良かったじゃん」


「ふふっ……そうですね。シリルは、本当に優しいから。あ。ルーンさん。明日時間あります?」


「……何?」


「この前の、お礼をしたくて……私、お菓子作りは得意なんです」


 色々とこんがらがってしまっていた事態を無事に解決できたのは、ルーンさんのおかげだった。


 もしかしたら、優しいシリルはジャスティナの真実を私を傷つけまいと黙っていた可能性だってある。


 けど、あの出来事で勇気を出した私は、いろんなことが解決できた。背中を押してくれた彼には感謝しかない。


「ごめん。明日王の命令で、ベアトリスに会わないといけないんだ。包んで置いといてくれたら、夜にでも取りに来るよ」


「あっ、わかりました。ごめんなさい」


「別に謝ることない。お礼はありがと。けど、まじで憂鬱。あいつ、本当に人の言うこと聞かないし」


 ルーンさんは顔をしかめて、嫌そうに言った。


 聖女ベアトリス様は女神が地上に降り立ったのかと思うくらいに美しい人だから、美人だからと好きな人ばかりではないという彼の主張は正しそう。


「けど、ルーンさんもベアトリス様に会って、大丈夫なんですか? 結婚迫られたりしません?」


「俺はベアトリスから、出会って早々に好みじゃないって言われてるから。心底助かるけど」


「……ルーンさん。素敵なのに。頭が良くて、すっごく優しいし。か……」


 顔もとても可愛いしと言おうとして、私は慌てて口に手をあてた。


 そうそう。男性は「可愛い」と言われたくないらしいし……いけない。変なこと言って怒らせるところだった。


「は? あんた。正式に結婚してる自覚あるなら、むやみに他の男褒めない方が良いよ。夫が決闘するのを、見たくないだろ」


 本当に嫌そうな顔をして言ったので、仲の良い友人の妻に褒められてもそれは微妙な気持ちになるかもしれないと反省した。


「あ。そうですよね……もうしないです。ごめんなさい。けど、ベアトリス様のご機嫌を、シリルもずっと一人で取っていたら大変でしたね」


 私も一回しか会ったことはないけど、聖女ベアトリス様の迫力は本当にすごかった。


 シリルはあの人を一年半にも渡る長い魔王討伐の旅の中、いくどとなく迫られても決定的なことを言わずにご機嫌を取っていたことになる。


 私も想像するしか出来ないけど、それは神業に近いと思う。


「……え? あー。まあね。うん。大変そうだった。俺は関係ないけど……関係ないままで終われて、まじで良かったよ」


 ルーンさんはどこか遠くを見ながらそう言って、熱いお茶を飲んだ。


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