第8話「招待状」
「……何、それ?」
いきなり背後からルーンさんの声が聞こえて、手紙を読んでいた私ははっとした。
勇者シリルが魔王討伐した時に同行した魔法使いである彼は、資金源である王の命令には絶対に逆らえない魔塔を近い将来辞めてしまうつもりらしい。
着々と準備を進めているのか、最近は仲の良いシリルの家に居ることが多かった。今日もシリルは日中仕事で留守なんだけど、我知ったる顔でロッソ公爵邸をうろうろとしている。
ルーンさんは可愛い顔をしているけど、割とはっきりとものを言う時がある。それだって彼が優しいからだ。
私がシリルと結婚を決めようとした時も、本当に大丈夫か? と何度も心配していたし、責任を感じて結婚してからも私の様子を見に来てくれている。
「えっと……お茶会への招待状です。私の……仲の良い親友からの」
聖女ベアトリス様が乱入して来た夜会以来、ジャスティナとは話せていない。だから、私からシリルとの結婚について詳しいことを聞きたがっていることはわかっていた。
けれど、彼女に嘘もまじえて話さないといけないことが憂鬱で、二回ほど招待を断った後のことだ。ジャスティナとの縁を切りたい訳ではないので、これを断りたくはない。
「へー……親友からの手紙にしては、全然嬉しそうじゃないけど……」
私はジャスティナへの複雑な思いを見透かされたようで、体がビクッと震えた。嬉しいか嬉しくないかで言うと……とても、難しい。
姿も心も美しいジャスティナは、大好きだ。けれど、私の中にある彼女に対する劣等感が、いつも彼女との友情を邪魔する。
「……ルーンさんって、自分が絶対に勝てない人って居ますか?」
「いいや? 俺は知っての通り、勇者一行に選ばれた魔法使いで、魔王も倒している。正直言えば、ベアトリスの対処は面倒そうだけど、やってやれない訳はないと言う程度だし」
あっけらかんとして言ったルーンさんは、本当に怖いものはなさそうだった。
私もこんな風になれたら、良いなあ……。
「そうですよね……ルーンさんは、そうでした」
勇者シリルのように、彼だって選ばれし者。その他大勢とは、違う人たち。
「……何? この手紙の送り主の親友さんに、フィオナは勝てない何かがあるの?」
ルーンさんは私が何かを言いたいと察したのか、椅子に腰掛けて頬杖をついた。
「全部です」
「……は? 全部? どういうこと?」
私の話が良くわからないと首を傾げたルーンさんは、眉も寄せていた。けど、一度くちびるからこぼれてしまった言葉は戻らない。
「……私はジャスティナには、何をしても敵わないんです。何もかも。私は美貌も才知も何もない。気の利いた会話だって出来ないし、誰にも必要とされないんです」
自然と涙がこぼれて来て、こんなことになると思っていなかったらしいルーンさんはいきなり泣き出した私に驚き息をのんでいた。
「……そんなこと、ないだろ。現にシリルは、結婚相手に君を選んでるし……」
「それはっ……! 私があの時に困っていた彼の求める存在で、ちょうど良かったからですよね? 私なんて……それだけの、何の価値もない存在なんです。自分が一番、わかっているんですっ」
ルーンさんは私がグスグスと泣いているのを見て本当に困っている様子だったけど、流石に泣いている女の子を放ってどこかに行こうとはしなかった。
「……ごめん。ハンカチ持ってない」
「っ……良いです。ごめんなさい」
ルーンさんは一旦私に近づいて来て、そしてなぜか離れてから隣の席へと座って、私が泣きやむのをずっと待ってくれていた。
◇◆◇
「フィオナ。良かったわね……幸せそうで、私も一安心したわ」
ジャスティナ主催のエリュトルン伯爵家のお茶会に出席し、その後で私は久しぶりに彼女と二人でゆっくり話すことが出来た。
幼馴染みで仲の良い彼女と、こんなにも話さなかったのは、人生で初めてだったかもしれない。
「ありがとう。ジャスティナ。私も不義理をしていて、ごめんなさい」
「良いのよ。貴女は新婚で、新しく転居もしたばかり。私も来てくれるかしらと思いつつ、招待していたのだけど、こうして会えて良かったわ……そう。私、フィオナにどうしても言わなければならないことがあって」
いつも快活なジャスティナがこんな風に言葉をにごすなんて、とても珍しい。もしかしたら、とても言い難いことなのかもしれない。
「……? 何かしら」
「あの……エミリオ・ヴェルデのことよ。貴女、前に彼に好意があると言っていたことがあったでしょう?」
私はそれを聞いて、エミリオ様とジャスティナの二人が、親密そうに談笑しているところを思い出してしまった。
けれど、何故なのだろうか。そういうことがあったわと思うだけで、特に怒ったり辛かったりなんて、思わなかった。
「ええ? ……そうだったわね。そんな時もあったわ」
彼女の言いづらい理由を察した私は、敢えて平然とした表情に見えるように装ったつもり。
もうエミリオ様のことを聞いても特に心は動かないけど、彼女が私のことがあるからと彼と付き合えないと思わせてしまうのは、気の毒だもの。
エミリオ様とジャスティナは、上手く行ったのかもしれない。そうなれば、私は彼女の親友として祝福しなければ。
けれど、そんな私の予想とはうらはらに彼女は、思いもよらぬことを言い出した。
「……あの、実はこの前の夜会で、聖女さまが勇者シリル様に言い寄っていると、噂になったの」
「え? ……ええ。そのようね?」
確かに勇者シリルや聖女ベアトリス様など、勇者ご一行様は世間に出てきていなかった。
だから、私たち貴族は、彼らの詳しい関係性なんて知る訳もなく……その姿だって見たことがあるという人は少なかった。
「だから、今噂になっているのよ。もしかしたら……勇者様は、聖女ベアトリス様との縁談を断りたいからと、フィオナと結婚したんではないかって……あのっ! 私は別に疑っている訳ではないわ。あくまでそういう噂があるってことだから」
ジャスティナは彼女の話の途中で私の顔色が変わったことに気がついたのか、慌てて説明を増やした。
ああ……そうよね。だって、私は偽装結婚の相手には、ちょうど良すぎるもの。疑われても仕方ないわ。だって、ベアトリス様だって、そう言っていたもの。
けれど、私がここでジャスティナがこんな話をすると思っていなかったのは、さっき聞いた名前のせいもあった。
エミリオ様は、この話に何の関係があるの?
「……あの……ごめんなさい。ジャスティナ、それとエミリオ様は、どんな関係があるのかしら?」
私は本当に不思議に思って聞いたのだけど、ジャスティナは辛そうに美しい顔を歪ませた。
彼女はそんな表情をしていても、にくらしいくらいに絵になる人だ。
「ああ……ごめんなさい。フィオナ。貴女に怒られても仕方ないことをしてしまったわ。私がもっと早くに、貴女にこれを話していたら……こんなに複雑なことにならずに済んだのに! 実はエミリオ様は、フィオナのことが気に入っていたのよ」
「……え?」
私はジャスティナの言葉を聞いて、頭が真っ白になった。
だって、社交界でも人気のあるエミリオ様は私と接していても、礼儀正しく紳士ではあったけど……ジャスティナに気に入られたいと振る舞う男性のようでは、全然なくて……何の気もなさそうだったのに?
「エミリオ様は、フィオナの前だと緊張して話せないからって……けれど、次の夜会こそはダンスに誘おうと思っていたところに、貴女が勇者と結婚したと聞いたのよ」
「ごめんなさい……待って。整理させて欲しいんだけど、ジャスティナはエミリオ様に、私への橋渡しを頼まれていたってこと……?」
「そうなの。私たちが仲が良いのは、周知の事実だから。貴女は前に、エミリオ様を気になっているって言っていたでしょう? だから、私は二人とも両思いだと思っていて……だから、もし勇者シリル様との偽装結婚という噂が本当なら、彼はフィオナを諦められないと言っているのよ。フィオナ……本当のところは、どうなの?」
「っ……それは……」
ジャスティナの目はまっすぐで、真剣だった。私は何も言えなくて……これからどうすれば良いかと、頭の中は複雑な感情でぐるぐると回っていた。
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