第40話
チャイムが鳴った。先生は話し足りない様子で授業を切り上げた。生徒は教卓まで行って出席カードを出して終了だ。ワラワラと生徒が前に集まって、投げるように収集ボックスに入れていく。目の前はかなりの人集りだ。俺も今まで頑張ってアレに混ざっていたのかと思うと笑えてくる。その時だった。肌を刺すような激しい冷気が体を撫でた。
「うぁっ」
気持ちが悪い。息をすると肺がズタズタに切り裂かれるようだ。俺はその場で蹲ってしまった。
「ユータ? ユータどうしたの?」
ワタルの心配そうな声が聞こえる。フ、と冷気が去って行った事が分かった。俺が顔を上げるともう人は疎らになっていた。ワタルが心配そうに俺を見つめている。
「ごめん。とりあえずここ離れたい」
俺がそう言うとワタルは小さく頷いて出席カードを収集ボックスへ投げ入れ、鞄をひったくって教室を出た。そのまま校舎の隅に移動する。ワタルは意味も無く鞄を開けて中を適当に整理する。こうやって隅にいる事を変に思われないようにしているのだ。
「どうしたの? 何かあった?」
「……なんか、ヤバいって思った」
「うん? それってどう言う事?」
「なんて言うのかな。悪寒? とにかく体が寒すぎて痛いって言うか」
「あれ? でもワタル温度って感じないんだよね?」
「まったく感じない訳じゃない。太陽光が首に当たるとあったかいって感じるし。でも教室内だろ? しかも突然寒くなるなんて変だろ? だからかな。なんか異様に怖くなってさ」
俺が頭を掻くとワタルは顎に手を当てた。
「それって、大丈夫なのかな?」
「どう言う意味だよ?」
「うーん、例えばあの場にユータ以外の霊がいたとか?」
「それは……そうかもな。自分が死んでからさ、当然のように幽霊が見えるようになって、誰が生きてて誰が死んでるか見分けられないんだよな」
「そうだとして、それが冷たく感じるってマズくない? ユータはリンさんに会ってもそんな事感じた事無いでしょ?」
俺は大きく頷いた。そうなんだ。リンさんやアグリにはこんな感覚は覚えない。と言う事は、あの場に居たのは何かヤバいモノだったんだろうか……
「い、一旦ここから離れようか?」
俺はワタルの提案に一も二もなく頷いた。小走りで階段を駆け下りるワタルを飛び越して、そのままロッカールームに入っていく。ここまで来てやっと俺は人心地ついた気がした。ワタルが教科書を交換する。周りには人が疎らだ。それを見計らって声を掛けた、
「やっぱ人が多い所には何かあるんだな」
「ねぇ、ユータはこのまま学校にいて大丈夫なの? これからも何度も怖い思いをするんじゃない?」
ワタルが心配そうにこちらを見る。
「まぁ……多少怖いとは思ったけど、こんくらいでビビってたら幽霊として生きていけないからな。ん? 幽霊なのに生きるっておかしいか?」
俺が首を傾げるとワタルがクスッと笑った。
「ユータが元気なら俺は何も言わない。でも無理しないでよ?」
「もちろん」
親指を立てて大丈夫をアピールする。ワタルが鞄を閉めて時計を見た。
「そろそろ行かないと」
ワタルの言葉に頷いて俺達はロッカールームを出た。今いる一号館から五号館に移動して三階の一番端、ジョン先生の研究室だ。ワタルがノックして中に入る。先生はいなかったがゼミの奴らは全員揃っていた。みんなの視線が一斉にワタルに集まる。
「みんな、迷惑かけてごめん」
ワタルが深く頭を下げた。
「頭を上げてくれ。ワタルは何にも悪くないんだから」
イーサンが立ち上がってワタルの肩に手を置いた。優しい目でワタルを見つめる。その隣に居る俺の方には目もくれない。当然だけど。
「ありがとう。みんなもありがとう」
顔を上げたワタルが部屋の中を見回す。その時、ワタルのスマホの着信音が鳴った。ポケットから取り出されたスマホのロック画面にメッセージアプリの着信を告げる表示が出ている。ワタルがスマホをサッと操作する。メッセージはナミちゃんからだ。
『おかえりなさい』
それだけだ。でも今一番嬉しい言葉な気がする。ナミちゃんの方を見る。今日も黒いフリッフリのワンピース姿だ。ワタルもそちらを向いたようで、ナミちゃんがニコリと微笑んだ。
「ただいま」
ワタルが声を詰まらせる。その時だった。部屋の扉が開いた。そこに居たのはジョン先生だった。
「……ワタルか!」
今日もいないと思っていたのだろう。一瞬、確実に状況を把握出来ていない間があった。
「先生、一週間休んですみませんでした。今日からまた復帰しますのでよろしくお願いします」
ワタルが頭を下げる。先生は部屋を見回して、言い辛そうに眉を顰めながら言った。
「でもお前、ユータは、その……」
「見つかってないです。でも、俺の中で一つの区切りがついたんです。ユータを探すことは辞めませんが学生とも両立していこうと思います」
なんじゃそりゃ。フフッと鼻が鳴る。ワタルが非難するような目線を向けたが無視した。ジョン先生がまだ眉をギュッと寄せたまま首を掻いた。
「まぁ、俺は大学教授だからな。学生が授業に出るって言ってるならそれを応援すんのが本分だ。本当に大丈夫なんだな?」
「はい」
「ん、分かった。ワタルが良いんならそれでいいんだ。ちゃんと警察には届けたんだろ? 俺達も出来る限り探すから気を落とすなよ」
「はい、ありがとうございます」
「よし、んじゃ、授業始めっぞ。ワタルも中入れ」
ジョン先生はすっかりいつも通りのハリウッドスターみたいな煌びやかな表情になった。ワタルはドアの前から離れるとソファの空いている席に座った。隣になったコウキがワタルの肩を叩いた。俺はその様子をただ後ろから見ているだけだ。仕方ないと分かっていても寂しさが募る。俺にだけ配られないプリント。俺とだけ交わらない視線。ここにいるのに俺はもうここにいない人間なんだ。どんなに頭では分かっているつもりでも、寂しくて仕方がない。俺はワタルの真後ろから少し離れてみた。みんな熱心に先生の方を見て……と、思っていたが一人だけ真下を向いている。タクマちゃんだ。ジッと下を向いて微動だにしない。まるで見つからないように息を潜めているようだ。何かあったのか? 俺はタクマちゃんの方に歩み寄った。その時、タクマちゃんの肩がビクリと震えた。
「え?」
思わず足を止めた。エイミーの隣に座ったタクマちゃんは俺から自身を隠すように身を後ろに引いた。まさか視えてる? 俺がタクマちゃんをジッと見ていると様子を窺うようにこちらを見たタクマちゃんと目が合った。
「ハヒィッ」
変な声を上げて飛び上がったタクマちゃんは、真っ赤な顔をして俯いてしまった。
「す、すみません……」
消え入りそうな声で謝る彼女をみんなが口々に心配する。でも、俺はそれドコロじゃ無かった。俺はワタルの正面に移動した。
「タクマちゃん、俺の事視えてる、と思う」
俺がそう言うとワタルは頷いた。そして手元のノートにサッと何かを書き付けた。
『俺も思ってた。後で聞いてみよう』
「え? 聞いちゃって大丈夫か?」
『知らない。でも、このままにも出来ない』
成程な。俺は頷いてワタルの前から退け、そのままゼミ室を出た。もし、本当に視えているなら、俺があの場に居たらタクマちゃんに迷惑が掛かる。これは白黒ハッキリ付けるべきだ。
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