第39話
商店街を抜けると整備された歩道が学校まで続いていく。ここまで来ると同じように大学へと向かう奴らがチラホラと現れ始める。何処の学部か分からない女の子の一団がチラチラとこちらを見ている。一瞬、ワタルがそちらを向くと女の子達からワッと声が上がった。
「あの子達……」
ワタルが小さな声で俺に向けて囁く。
「もしかしてユータの事視えてるのかな?」
俺は思わずズッコケた。
「んな訳ないだろ」
「えっ? そうなの?」
ワタルは天然なところがある。今朝の鈴木さんの件もイケメンの自分が見つめたら黙るだろうと言う考えの元での行動ではなく、真摯に相手と向き合って目を見て話そうとしているだけなのだ。
「俺以外のなんか別の物が見えてんだよ」
「ふーん、そっか」
直ぐに興味を失くしてワタルは前を向いた。何となく『お前を見てたんだよ』と言うのは止めておいた。
緩くカーブしている道を曲がり切ると、大学の時計台が見えてくる。煉瓦色の校舎がとても久し振りな気がする。俺はワタルから離れると、校舎の真ん中に聳える時計台まで飛んでいった。近くで見ると想像以上にバカでかい。その時計がカチコチと音を立てる。そこから町の方へと視線を移す。ここら辺は住宅街だが、そう遠くない視界の先にビルが屹立するエリアが広がっている。俺はまたフラリとワタルの元に戻った。
開くのに時間の掛かる自動ドアを潜ると、久し振りの校舎の喧噪を体に浴びる。その時だった。
「ワタル!」
みんなが振り向く程に大きな声でワタルの名が呼ばれた。なんだ? と俺とワタルもそちらに目を向けた。こちらに駆け寄って来たのはコウキだった。
「おいおい、なんで学校来てんだって。悪い事言わないから休めって。な?」
さっきとは打って変わって小声でヒソヒソとワタルに言う。
「大丈夫だって。昨日もそう言ったじゃん? もう大丈夫だから」
「でも……」
コウキが眉根を寄せて何か言おうとした時だった。
「ちょっとワタル来てんじゃん? ウッソ、大丈夫なん?」
スッと二人に女の子が寄って来た。エイミーだ。
「ねぇ、ケンゴから聞いた。マジ、ウチらに何でも言って? 力になるからさ」
「うん、ありがとう。ノート、綺麗に清書してくれてたのエイミーでしょ? もうそれだけで嬉しいんだよ?」
「そんなん、全然だよ」
エイミーの声が少し震えていた。それにしても良く見てるな。普段は課題でもレポートでもパソコンを使う事が多いから、まだ同じゼミの奴らの筆跡なんて覚えていない。
キンコンカンとチャイムが鳴った。エイミーが壁に掛かった時計を見た。
「ヤバッ、遅刻する。早く行こ!」
そう言って駆け出した。
「……もう帰れって言っても帰らないんだろ?」
コウキの言葉にワタルは舌を出した。
「なら、お前も急ぐぞ」
パンッと小気味良い音を立ててコウキがワタルの肩を叩く。
「うん、すぐ行く」
そう言ってワタルも走り出した。その横顔が笑顔になっているのを俺は見逃さなかった。
教室に滑り込み、空いている席に適当に座るワタル。俺は椅子を引けないから仕方なく机に直接座った。と、同時に先生が入って来た。ギリギリセーフだ。この授業は出席カードを提出する事で出欠確認になる。折角この場にいるのに、出席した事にならないのは少し悲しい。そんな事を考えている内に授業が始まっていた。俺は慌てて黒板と先生をガン見した。大学の授業は九十分だ。この長い時間をみんな良く集中し続けられるなと、いつも思っていた。開始三十分もしないで眠くなる俺とは大違いだ。今日も目がダラダラと下がってくる。だが、今までと違って寝てしまうと起こしてもらう方法がワタルに声を掛けてもらう以外無い。俺が寝たせいでワタルを変人にする訳にはいかない。それに、こうなってから言うのもなんだが、授業は真面目に受けるべきだとやっと思えるようになった。生きて、学校に行けるなんて、こんなに幸せな事は他に無いんだ。
俺は眠気覚ましに大きく伸びをして辺りを見回した。ここは前から二列目の左端だ。後ろには多くの生徒が授業を聞いているが、誰一人として俺の方を見る奴はいない。こんな机の上に直に座っているから目立たない訳が無い。と、言う事はここには俺を見える奴はいないのだろう。
淡々と授業は進んでいく。偶にワタルが心配そうな目線を俺に投げるけど、問題ないと小さく手を振る。誰にも見えないんだしオーバーリアクションでも構わないんだろうけど、それでワタルの邪魔はしたくないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます