第34話

「アレ、何が入ってるか見たい」

「うん。分かった」

 ワタルは起き上がると、ビニール袋の中身を並べていく。カップ麺、レトルトカレー、レトルトのお粥、チョコ、ポテチ、バナナ、コーヒー……

「バナナはイーサンのアイディアだな」

「チョコはエイミーだろうね」

 内容物にあれやこれやと言いながら中身を確認していく。その中で俺はバナナを指差した。

「コレ。コレ食べろよ」

「バナナ? なんで?」

「一番栄養ありそうだしな」

「そっか、そうだね。バナナ食べよう」

 ワタルはふにゃりと笑うと五本が一房になったバナナを一本もいだ。それを剥いて一口頬張る。

「うん、美味しいよ」

 そう言って笑う。そしてもう一本もぐと俺の前に置いた。

「折角美味しいし、形だけでもユータにもお裾分け」

「そりゃどうも」

 俺はふざけて手を合わせるとバナナに手を伸ばした。どうせ持てないから取る振りでもしてみるか。そう思った時だった。指先に何か感触がある。ゆっくり触るともったりと吸い付くような滑らかさを感じる。これは紛れも無くバナナの感触だ。俺はそれを掴むと持ち上げてみた。すると、バナナはそのままに俺の手には半透明のバナナが握られていた。

「バナナ、だ……」

 ワタルが呟いた。俺も頷く。

「バナナ、持ってる?」

 俺はまた頷いた。そして思い切り息を吸った。

「……バナナだー! バナナ持ててるー!」

「どう言う事? なんで半透明?」

「分からん。分からんけどスゲー!」

「食べて! 食べて!」

「よっしゃ!」

 俺はバナナを剥くと一口齧った。

「どう?」

「……味、うっっっす。バナナ風味のメレンゲの塊から砂糖を抜いたみたいな感じだ」

 俺はモソモソと口を動かして美味しくないバナナもどきを飲み込んだ。

「でも、これで一歩前進じゃん」

「だな」

「後はどうしてこうなったかと、どうしたらもっと良くなるかだけだね」

「つまりは全部だな」

 俺は手の中の透明バナナをもう一口食べた。物を食べると言う行為が久し振り過ぎて楽しい。こんなものでも美味しく感じてくるから不思議だ。

「そういえばさ、その実物のバナナは食えるのか?」

 俺は目の前にある黄色くて旨そうなバナナを指差した。

「あ、そうだね。食べてみよっか?」

 そう言うとワタルはバナナを取って皮を剥き一口食べる。

「普通に美味しいバナナだよ。味が薄いとかは感じないかも」

「じゃあ、やっぱこうなってるから味薄い訳か」

 手の中のバナナは相変わらず半透明だ。

「ねぇ、そのバナナ俺にちょうだい?」

「良いけどマズイぞ?」

「大丈夫大丈夫」

 差し出すワタルの手に食べかけ半透明バナナを渡した。その瞬間、ワタルの手からバナナは消えてしまった。

「え? 消えた?」

 ワタルの手を見つめるがバナナは跡形もなく消えている。ワタルは自分の手を眺めて呟いた。

「と言う事は俺が触るかユータの体から離すと消えちゃうって事かな?」

「なんでだよ?」

「そこまでは分からないけど、あの半透明バナナってさ、バナナの幽霊って感じがしてたんだよね。だから同じ幽霊であるユータが持っている間は幽霊として存在できる、または幽霊だから人間の生気に耐えられなくて人間が触ると成仏する、とかね」

「はぁ、なんかそれっぽい話だな」

「あくまで仮説だからね。信じたらダメだよ」

「分かってるって」

 俺は手をヒラヒラ振って信じてないアピールをした。

「今知りたいのは幽霊の作り方の方だな。なんでバナナは持てたんだ?」

「さっきバナナを食べる前に何したか覚えてる?」

「確か手を合わせたな。そしたらバナナが半透明になってたんだ」

「じゃ、やってみよう」

 俺はワタルの提案に頷いて、今度はチョコレートに手を合わせてみた。しっかり手を合わせて大げさなくらいお辞儀するとチョコレートを掴んでみた。が、今度は全く指に引っ掛からず一向に掴む気配は無い。

「ダメだな。もしかしてバナナしか食えないとかか?」

 そう言って今度は俺達が食べて残り三本になったバナナに手を合わせた。そのバナナにも手を伸ばしたが、今度のバナナはどうしても掴めない。

「うーん、今度はバナナもダメかぁ」

 俺はバナナが通過した手を離して溜め息を吐いた。そんな時何かを考えてる風だったワタルが、徐にチョコレートを取り上げると半分に割り片方を俺の前に置いた。

「はい、半分こ。これはユータの分だからね」

 そう言って自分の方に残したチョコレートの銀紙を剥がして食べ始めた。

「俺のって言われても……」

「いいからいいから」

 右手でチョコレートを持って左手で俺に食べるように勧めてくる。俺は首を傾げながらチョコレートを持った。と言うか、持てた。さっきのバナナと同じように半透明のチョコレートが俺の手の中にあった。

「な、なんでだ?」

 俺はチョコを前後左右にクルクルと回してみた。どこからどうみてもチョコだ。半透明だけど。

「うん、やっぱり」

 驚く俺をよそにワタルは何かを納得したように頷いた。

「おい、一人で納得してないでどういう事か説明してくれよ」

「あのね、さっきのバナナって俺がユータに一本あげた物だったんだよね。だからさ、『俺がユータにあげた物』は持てるんじゃないかと思ったんだよ」

 成程、そうなのかもしれない。俺はチョコレートの銀紙を剥いて一口食べた。やっぱり味が薄い。薄いけど、何故か今まで食べたチョコレートの中で一番美味しい気がした。

「問題はどうしたらもっと実体化するかって事かな」

 チョコを食べ終えたワタルは残った銀紙をゴミ箱に捨てた。そしてこちらに向き直ると突然俺の方を指差した。

「あ、見てよ。ユータが落とした銀紙が残ってる」

 言われて下を見ると、半透明の銀紙とパッケージの屑がちゃぶ台の上に乗っかっていた。

「ホントだ。って事は俺の体から離しても幽霊として存在する訳か」

「でも俺が触ると……ホラ、消えた」

 ワタルが体を乗り出して銀紙を抓むとフッとそれは消えてしまった。

「まだまだ他の可能性を試してないから分からない事も多いけど、半透明の幽霊な食べ物はユータも触れて俺が触ると消えちゃうんだね」

 俺はそれに頷いて薄味のチョコレートを食べ切った。ちゃぶ台の上には半分のチョコレートが丸々残っている。それをワタルが取り上げると更に半分に割り、俺の前に差し出した。

「これはユータの分。まだ食べれるよね?」

「勿論」

 俺は目の前のチョコレートを取ろうとした。が、今度はどうしても取れなかった。

「あー、一度食べちゃうと復活はしないんだね」

「なんだ、ツマンネ。無限に食えるかと思ったのに」

 俺が下唇を突き出すとワタルが楽しそうに笑った。ワタルはさっきより自然に笑っている。俺が死んでる事に慣れたのかもしれない。なら、その方が絶対に良い。ワタルは俺がいなくても幸せにならなきゃダメだ。

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