第22話

「少し宜しいでしょうか?」

 少しハスキーな甘い声が話に割り込んだ。

「雄大朗さん、この度はアレの不手際のせいで面倒に巻き込んでしまいすみません」

「もしかして俺の事アレって言った?」

 阿弥陀さんが深くお辞儀をする。さっきも見たけど、やっぱり所作が美しい。

「いえ、アレに出会ってなかったら生き返るチャンスも無かったんです。感謝はしてるんです」

「待って? 雄大朗ちゃんも俺の事アレって言ってない?」

 これは俺の素直な感想だった。なんだか気恥ずかしくて思わず頬が熱くなった。そんな俺の様子に阿弥陀さんがスっと目を細めた、と思う。ただ瞬きしただけかもしれないけど。

「それで、ここからが本題です。雄大朗さんは死後の裁判と言うものをご存知ですか?」

「知ってます。俺、大学で宗教学取ってて。それもこの間習ったばかりです。確か四十九日までに閻魔大王までの七人の王達の裁判が終わるんですよね? そんでそれ以降は再審で、期間は……一年? 二年でしたっけ?」

「三年です。そこで全ての死者の行先が決まります。つまりそれはここに滞在出来る期間が最大三年と言う事を意味します」

「じゃあ、三年ここに居ればいいんじゃないですか?」

「いえ、あの契約では今の貴方の身の安全は保障してくれません。この死出の山や三途の川、刃の草原など死者にとっては決して安楽な日々はありません」

「それをやらないって手は?」

「ありません」

 阿弥陀さんの目が冷たく光る。綺麗な目で射抜かれるように見つめられると、心臓がギュッとなる感覚がする。

「更に三年以内に雄大朗さんの体をどうにかする見通しが立たない可能性があります。そうなってしまっては三年後、強制的に輪廻の輪に乗って頂くしかなくなります」

「それって乗っちゃうとどうなります?」

「転生します。もう翔鳥雄大朗に戻る可能性は無くなります」

 そんな、それじゃあ、苦しいだけの三年間を過ごして結局生き返れないかもしれないって事か。そんなのは嫌だ。

「どうにかする方法は無いんですか?」

 殆ど縋るように俺は阿弥陀さんを見た。

「一つだけ、期間を大幅に延長出来る方法があります」

「なんですか? 教えてください」

 息せき切って聞く俺に阿弥陀さんは小さく首を振った。

「ただし、人によってはとても辛い選択になります。それでも良いですか?」

「それって、一体どんな方法ですか?」

「それは霊体のまま現世に戻る事です」

「霊体? つまり、怪談話の幽霊になれと?」

「雄大朗さんが必ずしも幽霊として語り継がれるかは分かりませんが、大体はその認識で合っているかと思います」

 俺は思わず口をポカンと開けてしまった。俺が幽霊……ふと、最後の夜にした怪談話を思い出した。商店街に佇む人の顔を喰う女。そいつはなんで人の顔なんか喰うんだろう? 生きてる人間への嫉妬か、そうすることで生き返れると信じてるのか。

「あの、どうしてそう言う人達っていつまでも現世、って言うんですか? そこにいるんですか? 小鬼達が迎えに行かないんですか?」

「小鬼? ああ、奪魂鬼達の事ですね。その質問の答えなら簡単です。彼らの見落としです」

「み、見落とし? アイツ等そんな適当に仕事してたのかよ」

「それは違います」

 俺が文句を言うと、すかさず阿弥陀さんの声がそれを遮った。

「彼らはとても良い仕事をしてくれますよ。雄大朗さんは一日の死者数が何人いるか知っていますか?」

「えっと、五百人とか?」

「約三千二百人です」

 つまり俺の想像の六倍の人が日々死んでいる訳だ。

「奪魂鬼達の仕事はこの死者達を漏れなく死出の山まで導く事ですが、たまにいるのです。彼等に見つからない死者が」

「見つからない死者ってそんな奴いるんですか?」

 俺の質問に阿弥陀さんは小さく頷いた。

「死者には二種類の人がいます。死んだ瞬間から意識のある死者と無い死者です」

「意識のあるなし……ですか?」

 そう言えば俺は気付いたらこの死出の山で寝かされていた。と言う事は意識の無い死者って事なんだろう。確かに意識が無ければ抵抗も何も無い。じゃあ、死んだ瞬間に意識を取り戻したとしたら……俺なら二択だ。状況を理解出来ずに小鬼達に流されてここまで来るか、ぶん殴ってでも逃げるか。

 成程、そう言う事か。逃げてしまうのだ。ある人は死を受け入れられずに。ある人は恨みを晴らす為に。面白半分に逃げる奴もいるんだろう。

「奪魂鬼達は死んだ人では無く、死んだ位置を察知して新しい死者を迎えに行くのです。なので、そこから逃げられてしまうと見つけるのが非常に困難です。そうしている内に新しい死者の情報は次々に送られてきますから、見つからない者にいつまでも時間を使う事は出来ず、そのまま捨て置いてしまうのです。ただし、どんな力自慢でも彼等に見つかり逃げ仰る死者を、私は今までに一度も見た事がありません」

 まるで俺が考えていた事を読み取ったかのような捕捉が阿弥陀さんから入った。

「その話だと地縛霊ってのが無くなっちゃうんですけど、その辺ってどうなんですか?」

 自分で言っておきながら細かい事に気にしすぎかと反省する。女の子にモテない原因はこう言う所にもあるんだろうな、と一人で自嘲した。

「いえ、地縛霊と言うのは、死んだ場所から動けないのではなく、特定の場所に執着する余り自分で自分を縛ってしまう死者の事です。そこから一旦は逃げたとしても、迎えがいなくなれば自ら戻ってきて地縛霊と化すのです」

「なんか殺人事件の犯人みたいですね。ほら、言いません? 『犯人は現場に戻って来る』って」

「そうですね、良く言われる言葉です。その言葉も元を辿れば犯人による執着の結果です」

 そこで一度言葉を切ると俺の顔をジッと見つめて来た。濁りのない綺麗な白目が美しい、と言うよりなんか怖い。俺は後ずさりしそうになるのを、なんとか堪えてその目を見返した。

「これが、私達から雄大朗さんに提案出来る最良の方法です。こちらで納得して頂けますか?」

 ここでうんと言えば俺は晴れて幽霊の仲間入りだ。

 でも、それがどうした。これが生き返る可能性を高めるんだ。俺はにべもなく頷いた。

「やります。生き返る為だったら」

 俺の言葉に阿弥陀さんも頷いた。その肩にすっと手が伸びて、五道が体を俺達の間に割り込ませた。

「大事な話も終わったみたいだし、アレの話も聞いてチョーダイよ」

 アレと言う部分に強いアクセントを付けて言う。まだそう呼ばれた事を根に持ってるのかコイツ。

「アミちゃんが言った通り、雄大朗ちゃんが雄大朗ちゃんのままで存在するにはこの方法しか無いよ。でもね、これだけは言っておくけど、霊体の状態だと家族や友達とはもうコミュニケーションは取れなくなるよ。どんなに叫んでも隣に立っていても、大切な人が自分を認識してくれないのは想像以上に辛いよ? それでもいいんだね?」

 そうか、現世にいればみんなの側には行ける。けど、死んだ俺はもうその輪の中には入れない。

 いや、だとしても、俺はやる。そう決めたのだ。頷く俺に五道が目を細めた。

「うんうん、やっぱり雄大朗ちゃんの意志は固そうだね。じゃあ、今すぐ現世に返すからね」

「現世に返す、ってどうするんです? どっかに扉があるとか?」

 俺がそう言うと五道がニヤリと笑った。

「それはヒ・ミ・ツ」

 ウザい。言い方がとにかくウザい。俺がゲンナリとした表情をしている間に五道から笑みが消えた。

「さて、そろそろお別れだね。と言ってもたまには経過報告とかするからね」

 経過報告か、これも保証の内の一つなのかもしれない。

 五道が俺の額に手を翳した。その手がぼんやりと光り始める。温かい。少し眠くなる程だ。目が重い。ゆっくりと瞬きしている自覚がある。そんな俺の鈍くなり始めた耳に五道の声が聞こえた。

「最後に伝えたいのは、キミはこれから晴れて幽霊だ。だから今まで見る事の無かった人や物が見えると思う。でも、怖がらないで。彼等は元々人間なのだから」

 返事をしようと思った。思ったのとほぼ同時に意識が遠のいていった。

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