第20話
訝しむ俺をよそに男は嬉しそうに机の下から何やらプラスチックで出来たボードを出してくると、花の飾りを貼り付けている。
「それなんですか?」
「これ? ホラ良くあるでしょ? 福引きしてるトコの後ろにさ、一等ホニャララ二等ホニャララって奴。アレだよ」
「なら最初から貼り出しとくべきじゃ?」
俺のツッコミをスルーしてそのボードが後ろのテントの壁に取り付けられる。そこには『ワクワク! ドキドキ! 福引き!』と書かれている。手書きではなくちゃんと印刷されたものだ。想像以上にちゃんとした作りになっている。一番下には白い丸の絵と『残念! また来世!』と書かれている。これがハズレなのだ。これを引いていたら、後はあの世に行くだけだ。その一つ上に目線を移す。そこには金色の丸と『おめでとう! 現世にお帰りなさい!』の文字が。……ん? 当たりは金色の玉じゃないのか?
「これ、黒無くないですか?」
「え? あるよ」
そう言われて俺が良く目を凝らすと飾り枠の外、端っこに小さく手書きで何か書いてある。線におかしな強弱のある非常に読みにくい文字を何とか目で追う。そこにはぐちゃぐちゃと塗り潰された黒い玉と『豪運! 保証付き生き返り!』と書いてある。
「なんです、この保証付きって?」
「実はねぇ、生き返るのって結構難しいのよ。うっかり魂が消滅しちゃったりね」
「それってウッカリで済む事なんですか?」
そんなの二度目の死じゃんか。自分の事と思うとゾッとする。
「そうは言うかもしれないけどね、俺らが君ら亡者にあんまり干渉する事って本来は許されないのだよ?」
「そうなんですか?」
「そうだよぉ。最初は一度死んだ誰かを生き返らすなんて絶対ダメだって滅茶苦茶反対されたの。でもさ、俺はずっと問題だと思ってたのよ、あの世って一方通行じゃない? 現世の人にあの世が正確に伝わる方法が無いんだよ。でも一回死んで戻れればその人から正確な情報が伝えられるでしょ?」
「つまり臨死体験って事ですか?」
「うん、多分そんな感じ」
男がニコニコと笑う。多分てなんだ、多分て。そもそもこの男の意図通りにはいっていないのが現状だ。何故なら、俺は臨死体験で福引をしたと言う人を一度も聞いた事が無いからだ。だが、それは絶対に言ってはいけない。もしこれに意味が無いと分かってしまったら、この生き返り自体が廃止されてしまうかもしれない。福引に当たった今、それだけは絶対避けたい。
男はいつの間にか一枚の紙とペンを机の上に出していた。ペンの軸が俺の方に向いている。
「これね、契約書。これにサインすると晴れて君の生き返りが決定となるよ」
俺はその紙を眺めた。昔、小学校の授業の一環で再生紙作りをした事があるが、これはその時作った紙に似ている。何処か薄茶けていて所々に赤や青の粒が見える。端の処理も雑だ。そこに薄い色の墨で文字が書いてある。書いてあるんだが、読めない。
「あの、これなんて読むんです?」
「あれ、君って文字読めない人?」
「いえ、文字は読めます。これでも大学生なんで。でもこれは俺の読める文字じゃないです」
「えー、そうなの? 阿比留草文字の方がみんな読めると思ったのに。まぁ、簡単な事だよ。最初の方の文は当選おめでとうって感じの事が書いてある。次に注意事項でこの契約書にサインしちゃうと絶対生き返らなきゃいけないけど、ホントに良いの? みたいな内容。良かったらココにサインしてね」
男がトントンとそこを指で指し示した。紙の右下に不自然な空白がある。何も迷う事は無い。俺はそこに自分の名前を書き入れた。
「あ、成程。こっちの文字な訳ね」
俺が書くのを眺めながら男が感心したように頷いた。と言うか、福引きのボードはこっちの文字だったじゃないか。なんか、こんな変な男を信用して本当に大丈夫なのか? だが、書き終わったそれを男はさっさと回収してしまった。
「はい、どうもね。翔鳥雄大朗君」
男はその契約書をニコニコと眺めている。
「やぁ、嬉しいな。実は俺が見てる時にね、当たりが出たの初めてなんだ」
「はぁ。普段は他の人がやってるんですか?」
「そうそう。俺これでも普段は結構忙しいんだけど、たまにどうしても自分でやりたくてね。まぁ、この福引って最近やっと施行を許されたんだけどね」
「え? じゃあ今までってやってなかったんですか? なんか今以上に葬式中に生き返ったとか聞くイメージがあるんですけど」
「えーと、福引はね、えーっと、いつからだっけ?」
「天平二年からです」
突然、後ろから女の声が聞こえた。誰だ? 俺が振り返るとそこには、スーツに眼鏡姿の綺麗な女の人がいた。こんな足場の悪い中を高いハイヒールですいすいと歩いてくる。
「聖武天皇の頃の事です」
「あー思い出した。現世でなんかすっごく面白そうな事やってたからそれを取り入れたんだよね」
「そうです。最初期のものは現世に倣って仁・義・礼・智・信の文字が入った短冊を引かせる方式でした」
「懐かしいなぁ。それだと生き返る人が多すぎって怒られて今の方式に変えたんだよね」
男が嬉しそうに笑う。と言うか、全っ然最近の話じゃない。美女はいつの間にか、男の横まで来ていた。涼やかな目元が美しい。そう言えばこの人もあの小鬼達並みに笑わない。彼女は手に持っていたバインダーを開くと、中の紙をパラパラと捲る。
「五道転輪王、そろそろ裁きのお時間です」
「えーもう?」
唇を尖らせて抗議の声を上げる男。ん? ちょっと待て、五道転輪王って言ったか?
「アンタ、もしかして十王の一人の?」
「あ、うん。そうだよ。十王の一人、五道転輪王だよん」
俺は思わず目を見開いた。この間の臨時ゼミで習ったばかりだ。あの閻魔大王と肩を並べるあの世の裁判官。コイツってあの世的にはかなりの大物じゃないか?
「もしかしてこの青年に名乗っていなかったのですか?」
「うん、言ってないよ」
あっけらかんと答える五道転輪王に女の人は表情を変えず溜息を吐いた。
「ウチのが失礼致しました。先程お聞き及びの通り、彼は五道転輪王。私は阿弥陀如来と申します」
「阿弥陀如来ってあの仏像の?」
「左様です。現世では私の偶像が作られているようで、お恥ずかしい限りです」
そう言って頭を下げる。さらりと色素の薄い髪が頬を滑る。
俺が見た事のある阿弥陀如来像は大柄のおっさんがデンと座った姿だ。こんな美女では決して無い。
「随分とイメージ違いますね。そもそも女性じゃなかったような」
「現世の偶像は私を見ながら作った訳ではありませんので外見は多少の違いがあるかと存じます」
「それにしたって違いすぎじゃないですか?」
「それはね」
唐突に五道転輪王が俺達の会話に割り込んでくる。美女との話に水を差すイケメン程ウザいものは無い。
「何年か前に時代に合わせようって事で俺達の外見を一新したんだよね」
「外見を一新って、そんな事可能なんですか?」
俺の疑問には阿弥陀如来さんが答えた。
「はい、可能です」
「てか雄大朗ちゃんがさっき言ってたっしょ? アミちゃんの仏像と本人の見た目が違うって」
そう言って五道転輪王が阿弥陀如来さんの両肩に手を掛けた。それをサッサッと雑に振り解く。なんだか何処かで覚えのある光景だ。
「あれはね、一新前の見た目があんな感じだったからだよ」
「そんなまるっきり別人じゃないですか。性別まで違うし」
「それはちょっと違うんだな。元々俺らに性別なんて無いのよ? と言うか今も本当は無いんだけど、とりあえず昔はみんなして男っぽい見た目だったでしょ? でも今は多様性の時代だからねぇ。老若男女人種問わずってのが亡者の間にも当然の認識としてあるじゃない? そんな中じゃ古い価値観を持ってると正確な裁きは出来ないからね。現世が変わるなら俺らも変わらなきゃって事なんだよ。そして手に入れたのがこの綺麗系イケメンな外見だよ。どうよ? 似合うでしょ?」
似合うかどうかは知らんが早い話、この美女はおっさんだったと言う事だ。こんな悲しい話、聞きたくはなかった。とんでもないガッカリ感である。
「おやおや? もしかして髭のおじさんの方が雄大朗ちゃんの好みだったかい?」
「いえ、正直野郎は全部好みじゃないです」
「そっかそっか」
カラカラと大きな声で笑う。さっきからこの人笑い声が煩い。
「五道転輪王、先程も言いましたが雑談はそろそろ」
「うん、止める止める。後アミちゃん俺の事はリンさんって呼んでって言ったじゃない」
「承知しました。五道転輪王」
「うーん、呼んでない。呼んでないよアミちゃん」
五道転輪王のツッコミにも阿弥陀如来さんは顔色一つ変えない。もしかしたらあの世の人はこちらの方がデフォルトなのかもしれない。
「あ、雄大朗ちゃんも五道転輪王じゃ長いから俺の事はリンさんって呼んで。この子も阿弥陀如来じゃ長いからアミちゃんで良いよ」
「分かりました。五道さん、阿弥陀さん」
「だからー、リンさんだってばー」
そう言って地団駄を踏む。この人慣れるとちょっと面白いな。
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