第19話
死出の山は想像以上の歩きにくさだった。大きい岩は俺の身長より遥かに大きく、小さい岩は凶器のように鋭い。岩からは滑り落ちるし、小さい岩で手を切るしで、毎分のように怪我のオンパレードだ。だが、どんな高さから落ちても痛いは痛いがピンピンしてるし、切り傷は一瞬目を離した隙に治っている。これが死んだって事なのか。寧ろ生きてる時に実装して欲しい能力だよな。そうすれば事故死はこの世からなくなるのに。そんな事をぼんやり考えていたらまた手を切ってしまった。血が流れてズキリとした酷い痛みが走る。俺は顔を顰めて傷口から血を吸い上げると道端に吐き出した。見ればもう傷は完全に治っていた。思わず溜息が出る。少し疲れた、そう思った時だった。微かにチリン……チリン……と鐘の音が聞こえた。小鬼達と別れてどれくらい経ったのか分からないけど、体感では半日以上経っている筈だ。久々の人の気配に胸が躍る。どんだけ寂しかったんだと自嘲するが、こんな状況だ。誰かが側にいるだけでも心強い。絶えず鐘の音が聞こえ続けている。その音だけを支えに必死に大岩に攀じ登った。
更に数時間が経過した、と思う。鐘の音はもうすぐそこにあるように聞こえるのにその姿は見えない。目の前には五メートルはありそうな大岩がある。俺はそれにしがみ付いた。少し慣れてきたからか、スイスイと登っていけるようになった。岩の上に辿り着くと、その上に立って向こう側を眺めた。十数メートル先に、何故か運動会なんかで設置されるテントが張られている。もしかして、鐘の音はあそこか? そうじゃ無かったとしても久々の人工物だ。俺は岩から急いで降りると、テントまで走っていった。
「福引きー福引きだよーみんな引いてってねー」
男の声だ。それに合わせるようにチリンチリンと鐘が鳴っている。鐘が何処にあるかは分からない。低めの岩を飛び越えて俺はその福引き男の視界に躍り出た。
「おっ、元気だねオニーチャン。福引き引いてってね」
福引き男は右手の親指を立ててその手をグッとこちらに伸ばしている。なんでこんな所で福引きなんかしてるんだ? 俺は息を整えつつ一歩福引き男の方へ踏み出した。プレハブのテントとプレハブの机、その上に福引きのあのガラガラ音を立てて回す機械、と言うかなりのテンプレ具合だ。俺はもう一歩踏み出した。未だ笑顔でこちらに手を突き出している男は、赤地に黒い縁の法被を着ている。その中に見えるシャツは水色の生地に椰子の木の模様が入っている。つまりはアロハシャツだ。更に頭には白いタオルが巻かれている。どこからどう見てもテキ屋だ。
「早く来てよぉ」
おいでおいで、と手招きする。俺は意を決して福引き台の前に立った。
「はい、いらっしゃい。泣いても笑っても一人一回までだよ」
男がニコニコ笑う。その顔を見て一瞬ジョン先生を思い出した。綺麗なブロンドと緑がかった青い目。だが、よく見れば顔は全然違う。ジョン先生の方が厳つく男前といった印象だが、目の前の男はユニセックスな雰囲気で線が細い。まぁ、どちらも俺の敵であるイケメンだ。
「あの、聞いてもいいスか?」
「どうぞどうぞ」
「何でこんなとこで福引きやってんですか? これ、何が当たるんです?」
「あぁ、気になる感じ? 結構多いよねそう言う人。まぁね、何事も慎重なのは良い事だからね」
そう言って男はうんうんと頷いた。
「答えを言う前にちょっとだけお喋りしちゃおうかな」
男は身を屈めて何かガタガタやったかと思うと、丸椅子を二つ持ってテントから出てきた。
「はい、座って座って」
勧められて俺は礼もそこそこに丸椅子に座った。休む間もなく歩き続けた体からどっと疲れが出た。大きく息を吐いて伸びをした。
「疲れるよね、この山。でもルールだから頑張ってね」
「はぁ」
おかしなルールもあったものだ。どうせこの後に死後の裁判があるのだから、その入り口にでも連れて行ってくれれば良いものを。
「あ、今『変なルール作りやがってバーカ』とか思ったでしょ?」
「思いましたけど、バーカは思って無いです」
素直に答えると男はワッハッハと豪快に笑った。
「素直でイイねぇ。やっぱり死後の裁判は最初の方が絶対面白いよね。色んな人に会えてさ」
「普段は後の方にいるんですか?」
「そうそう。アッチ割と暇なんだよね。だから今はこっちにいる確率高いんだよね」
「はぁ、そうなんですね」
「そ、だから君ラッキーだよ」
「ラッキー?」
「うんうん。さっきあの福引きが何か知りたいって言ったじゃない? あれね、なんと……」
そこで言葉を切ると、ぐぅっと口角を上げた。
「生き返る権利が当たりまーす!」
なんだ、生き返る権利か……生き返る権利! 俺は驚き過ぎて椅子から転げ落ちそうになった。
「いきっ生き返るって本当に本当ですか? 生まれ変わるじゃなくて?」
「もっちろん。ただし当たれば、だよ」
そう言って視線を福引きに向ける。俺もつられてそちらを見た。さっきまでおふざけアイテムくらいに思っていたそれが今では光り輝いて見える。
「ちなみに、外れたらどうなります?」
「どうにもならないよ。ペナルティとか無いから、このまま裁判受けに行ってね」
俺はゴクリと唾を飲んだ。絶対に生き返りたい。みんなの元に戻りたい。
「ささっ、引いちゃお引いちゃお今すぐ引いちゃお♪」
下手くそな歌を歌いながら男は立ち上がると福引機の後ろに回った。俺は徐に立ち上がると、ノロノロ歩いて福引機の前に立った。つるりとした木製のレバーに手を掛ける。この一回で運命が決まる。心臓から激しい音が鳴っている。
「……もう一つ聞いてもいいですか?」
「えー? 何何なぁに?」
声に面倒くささが滲み出ている。それもそうだ。こんなタイミングで声を掛けてるんだから。でも俺のうるさい心臓を治めるには少しでも不安を無くすしかない。
「これって引く前から生き返る人って決まってるんですか?」「あー、俺らの細工がないかって事?」
そう言われると聞こえは悪いが俺はおずおずと頷いた。
「それもね、信じていいよ。こう言うのは運に任すのが一番だと思ってんだよね」
そう言って親指を立てる。もう先延ばしには出来ない。何より俺だって生まれ変わりたいんだ。俺は大きく息を吸うと、思い切り福引機を回した。ガラガラガラと音を立ててぐるりと一回りする。中々口から玉が出てこないように感じた。まるで永遠のような時間だ。その時だった。いともあっさり黒い影がポトリと落ちた。最初、緊張のせいで目が良く見えていないのだと思った。だが、そうで無い事はすぐに分かった。銀色の受け皿にポツンと佇む玉の色は、黒だった。
「黒……」
思わず呟いた。なんだか縁起の悪い色が出てしまった。これはハズレ、なのか? そう言えば当たりが何色なのか聞いて無い事を思い出した。
「キミ、コレは……」
驚いたような声が俺の頭上から降ってくる。どこか異様な雰囲気に思わず顔を上げた。その時だった。
「大当たりだーっ!」
大当たり? 俺はもう一度玉を見た。この真っ黒ないかにもハズレっぽい玉が大当たり?
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