第4話

 カフェテリアを出るとそこは中庭だ。花壇には赤白黄色のチューリップが綺麗に並んでいる。童謡の世界観そのままの光景だ。でもチューリップと言えばこの植え方、と言うのも分かる。

 花壇を抜けると駐車場に出る。そして左手にあるのが、この大学のメインの建物である一号館だ。俺は左に曲がると一号館に真っ直ぐ向かった。自動ドアの前に立つ。一拍置いてゆっくりと扉が開いた。この時間がいつももどかしい。開き切るのを待たずに体を滑り込ませる。右手側にはスロープとその下に玄関ホールがある。そして机が十台と椅子が四脚ずつ。左側は階段とエレベーター。それを通り過ぎるとそこに全学生分の広いロッカールームがある。何百と並ぶロッカーの群はまるで巨大な迷路のようだ。朝のラッシュ時はこの迷路に何人もの学生が殺到してかなり息苦しい。だが、午後二時のロッカールームは人も疎らだ。誰にすれ違う事も無く自分のロッカーまで辿り着くと、鞄から鍵を取り出して鍵穴に差し込んだ。

 入学式の日、初めてこのロッカーを宛てがわれた時に、ロッカーに鍵を差し込んだら途中で回らなくなってしまった。元には戻せるから鍵を一度引き抜いて確認してみる。とはいえ鍵の知識なんてないから普通の鍵と普通の鍵穴にしかみえない。暫くガチャガチャと大きな音を立て鍵と格闘していたが、この鍵は途中まで回したら上にグッと押し上げるように回さないといけない事が分かった。入学時のオリエンテーションでロッカーは卒業まで使うと聞いていたから、思わず「マジかよ……」と、呻き声が漏れてしまった。

 そんな事を思い出しつつ、すっかり慣れて今では無意識でも開けられるようになったロッカーの鍵を開ける。中は教科書が適当に積まれているだけで何の面白味も無いが、今はその一番上にスマホが置かれていた。取り出してボタンを押す。ロック画面はいつもの通りで、誰からも連絡が無い事になんとなくガッカリする。俺はスマホを右のポケットに押し込んだ。ロッカーの扉を閉め、鍵を掛ける。

 さてと、もうみんな来ているかもしれない。ちょっと急ごうかと回れ右した時に、見覚えのある顔が目に入った。

「タクマちゃん」

 俺に呼びかけられてビクリと肩を震わせる。その衝撃でズレたメガネを直しながらこちらに振り向く。

「ゆ、ユータくん……」

 そう言って少し笑う頰は今日も少し赤い。

 彼女、詫間緋音ちゃんもコウキと同じくゼミに入った事が縁で知り合った。もっとも、昔馴染みのワタル以外の友達は全員ゼミがきっかけで仲良くなったのだが。初めてのゼミの日、隣に座ったタクマちゃんに話しかけた時、彼女は常に笑顔で少し頰を赤らめて相槌を打っていた。もしや俺に一目惚れか? いやぁ、困ったなぁ。だって俺が好きなのは君じゃなくて……なんて気の早い告白のお断り文を考えていたけれど、直ぐにそれは早合点だと分かった。タクマちゃんは他の野郎と話している時も頰を赤らめた笑顔だし、なんなら女の子相手にも顔を真っ赤にしていたのだった。

 タクマちゃんは大きなレンズの眼鏡をもう一度上げ直した。この眼鏡とそばかすが広がる顔と色素の薄い黒目が良く合っていてよくよく見ると、中々に可愛い。

「授業終わった? ワタルとコウキはもう待ってるよ」

 出来る限り優しい調子で話しかける。これは最近始めた俺なりのモテテクだ。効果があるかは不明だが。

「は、はい。急がないと」

「じゃ、一緒に行く?」

 結構スマートに誘えたんじゃないか? 俺は心の中で良し良しとほくそ笑んだ。

「あ、あの」

 自分に感動する俺の耳にタクマちゃんの小さい声が届いた。

「ん? どうしたの?」

「私ちょっと寄りたい所があるので……」

 その先は続けず何度もペコペコと頭を下げた。なんともらあっさり断らてしまった。

「うん、そっか。じゃあ、俺先に行くから」

 気にしてませんよ、と言う顔を作ってそそくさとその場を後にした。誰に見られた訳でも無いのに、自分のダサさがちょっと恥ずかしい。それにこのまま真っ直ぐ帰るのはなんか癪だ。特に用事は無いが購買部へと向かう事にした。

 カフェテリアとは反対方向、玄関ホールを通り抜けて直ぐ左側が購買部だ。入り口の一番目に付く所にはお菓子がズラリと並んでいる。その隣はパンのコーナーだが、昼飯時に大分掃けたようで棚には隙間が目立つ。その奥のおにぎりと弁当が置かれる冷蔵棚は更に何も無い。昆布のおにぎりがぽつんと置かれているのが、なんだか物悲しい。とは言えその前はスルーして、その隣のドリンクの棚の前で止まった。そのまま緑のパッケージに包まれたお茶と白地に青い文字の飲むヨーグルトを取った。そこから教科書と雑誌が置いてある棚を抜けレジへと辿り着いた。

「いらっしゃいませ」

 やる気の無い声が降ってくる。この学校の購買部は校内の学生バイトを積極的に雇っている。この同世代らしきボンヤリした顔の男も、暇を持て余した二、三年生なんだろう。態度とは裏腹に素早い手付きでレジを打ち終える。とは言え、俺も既にトレーにお金を乗せていた訳だが。

「二百五十円になります……あざしたー」

 先輩だと申し訳ない気がして去り際に一応頭を下げたが、もう既に店員はこっちを見向きもせず奥の棚の整理を始めていた。まぁ、向こうが気にしないならそれに越した事は無い。さっさと飲み物を抱えると、少し急ぎ足にカフェテリアへ向かった。

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