日常〜昼〜

第2話

「ユータってば、あっという間に寝ちゃうんだもんな」

「仕方ないだろ? それに眠いってずっと言ってたじゃんか」

「だけどさ、まだ入学して一ヵ月しか経って無いのに、もうヤル気なくなった訳?」

「ヤル気云々の問題じゃなくて今日が眠くなるようなお天気なのが悪いんだよ」

「またそんな事言って、と言いたい所だけど、確かに今日はいい天気だね」

 講義が終わって俺達は、学内にあるカフェテリアの四人掛けの机を二つくっつけて八人掛けのテーブルを作るとそこに陣取った。もちろん、二人でこんな広いスペースを使う訳じゃない。昼休みにゼミの臨時招集の連絡があったのだ。しかも臨時だから場所が決まってないと言う。そこで仕方なく俺達が場所取りさせられてるだけだ。さっきワタルが全員にメッセージを送っていた。だからもうすぐ他の奴らも来るはずだ。と、カフェテリアの出入り口に赤青黄色に緑紫ピンクが乱雑に塗りたくられたような派手な柄のパーカーと、それにも負けないくらい鮮やかな金髪の男が入って来た。寸の間、キョロキョロと首を動かしていたが、すぐにこちらに気付いて駆け寄ってくる。

「よっ、お疲れー」

 そう言いながら、俺の隣に座った。

「いやー、流石に連休明けの授業はだりぃな」

 ヘラヘラと笑って俺達二人の顔を交互に見る。すると突然俺の頬を指で押した。

「おいおい早速居眠りかよ、雄大くんってば」

 頬に跡が付いていたのか。俺はムッとした表情を作った。

「いいだろ別に。ってかそれよりも雄大って呼ぶな」

「何でそんな嫌がるのさ? お前の名前じゃん」

「俺は『ゆうだい』じゃなくて『ゆうたろう』だからだよ」

 俺の名前は翔鳥雄大朗と書いて、カトリユウタロウと読むのだ。ちょっと珍しい苗字な上に下の名前は無駄に規模がデカくて、俺はあんまり気に入ってない。だから俺は仲良い奴等にはユータと呼ぶように言っている。

「ったく、ユータは冗談が通じねぇよな。なぁ、イケメンくん?」

 そう声を掛けられたイケメンは池澤綿瑠と言うのが本名だ。下の名前は綿瑠と書いてワタルと読む。実は俺とワタルは所謂幼馴染みって奴なのだ。さっきのイケメンくんって言うのは、ワタルの歴代のあだ名の一つだったりする。

 小学生の時に苗字と名前の最初の二文字を繋げて読む、と言うあだ名が一時期俺達のクラスで流行った事があった。例に漏れずその当時俺にも、カトユウと言うあだ名が付いた。この理論で行くとワタルは本来イケワタだし、実際最初はそう呼ばれていた。だけどある時、クラスでもお調子者で通っていた奴が突然、

『イケワタの綿瑠って名前、メンルって読めるんだぜ? だからイケワタじゃなくてイケメンだ!』

 そうクラス中に響く声で宣言した。ワタルの顔は当時からすでに仕上がっていて百人いたら百一人がイケメンだと答えるくらいのレベルだった。そこに来て名前までイケメンだったのだ。これにはクラス中から大いに歓声と笑い声が上がり、その日からこのブームが去るまでワタルはイケメンと呼ばれ続ける事になった。と言う話は、今では俺達二人が初めて友達になった奴に話す鉄板ネタの一つになっている。

 まだ十八年とは言え人生の大部分を一緒に過ごしていると言う自負があったし、俺にとってワタルは掛け値なく親友と言える大切な存在だ。良い所も知っているが、悪い所も当然ある。

「俺の事はさ、イケメン君でもブサメン君でも好きに呼んでくれていいんだけどさ、俺のユータに気安く触んないでくれる?」

 あぁ、また始まった。これがワタルの悪い所だ。ワタルは何故か俺の事が好きらしい。あんなイケメンがなんで俺なんかを好きなのかと言う疑問は大いにあるが、そこは問題じゃない。別に誰が誰を好きになろうとその逆に誰が誰を嫌おうと、それはお互いにどうする事も出来ない感情だ。だけど、それを周りにも隠さずふれ回るのが俺にはどうしても理解出来ない。もっと言うなら俺は決してワタルにオッケーを出していないと言う点も問題だった。

「もぉー、そんなに怒る事ないじゃん」

「それは怒るでしょ? コウキは自分の彼女が他の男に顔だの胸だの触られていいの?」

「……確かに」

 うんうんと頷いて、コウキは悪かったと頭を下げた。この金髪男、倖月光輝は同じゼミになった事で友達になった奴だ。本当はみつてると読むらしいが、初めて会った時に本人が、

『みんな、俺の事はコウキって呼んでくれよな』

 と宣言したからみんなコウキと呼んでいる。

「あのな二人共、今まで散々言ってるけど俺達付き合ってないんだって。そもそも女でも無いのに、野郎にちょっと顔触られたくらいじゃ、どうとも思わないんだよ」

「またそんな事言っちゃってさ、もう分かってんだから恥ずかしがんなって」

「えっ、顔触って良いの? 本当に? 本当にいいの?」

 コウキはニヤニヤと笑って、ワタルはキラキラした目でこちらを見てくる。しかもちょっと顔が赤くなったのがウザい。コイツら一体何を聞いていたのか。あまりの会話の噛み合わなさに目眩がする気がした。

「はぁ、お前等イジんの楽しいわ。でさ、今日の宗教学で宿題出たじゃん? それのさぁ……」

 と、コウキが話し始めた時だった。

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