志綾の中に眠るのは?

 志綾しあ茶泉といの背中に隠れて恐る恐る教室に入る。

 「あ、志綾ちゃん。おはよう」

 一番最初に気づかれたのは純麗すみれだった。志綾はびっくっと肩を上げた。胸に手を当てて深呼吸をした。

 「お、おはようございます。」

 「・・・」

 荼泉は純麗を見る。視線に気付き頬を赤くして「な、なにかな?」と言った。

 「お前・・・誰かに言ったのか?」

 そう質問すると純麗が視線を逸らした。珍しく舌打ちをした荼泉は純麗に詰め寄る。

 「誰かに言うなと言っただろう?」

 「つい、口が滑っちゃって、」 

 「そんな言葉で信じると思うのか?お前が逆の立場だったらどうした?お前はきっとひき・・・

 「荼泉様!やめてください。やめて、ください。もう、良いです。私は荼泉様が居れば良いです。」

 袖を掴んで訴える。志綾を見ると今にも泣きたい顔、そして逃げ出したいが我慢している顔をしていた。

 「志綾・・・」

 「何やっているんだ?」

 誰かの声がした。初めて聞く声。二人はそっちの方へ振り向く

 「えーと」

 志綾が名前を思い出そうと考える。

 「あ、ごめん、みんなが自己紹介した時僕休んでたから繋さんは知らないよね。僕、年髄ねずい 冬真とうま。」

 「年髄君?」

 「うん、それで二人はなんで喧嘩してるの?」

 「いや、終わったことだ。志綾。席に座る?それとも帰る?」

 「そこは保健室行く?じゃないの?もう帰る前提なの?」

 「大丈夫です。座りましょう。」

 荼泉は年髄を無視して二人で席に着く。「え、え、無視?心にヒビが入ったよ」と最後に聞こえた。

 

 担任が数分後に来て主席確認をして、志綾を呼んだ。呼ばれていない荼泉も隣にいる。

 「あ、あの、要君?私・・・呼んだかな?」

 「いや」

 「そ、そうだよね。なんでいるのかな?」

 「俺は志綾の婚約者だから」

 「あはは、要君がそんなことを言うと嘘に聞こえないなぁ」

 「先生は知ってるはずですけど?」

 「うん、事情は全部知ってるよ。要君と繋さんの関係も家族のことも、そして、繋さんのこともね。要君。今から話すことは繋さんのプライベートな話だから廊下にいてくれない?」

 「先生、荼泉様にいてもらった方が安心できます。」

 「本当に?・・・分かった。繋さん、貴方は本当はどっちになりたいの?・・・ヒャ」

 質問の後に担任は悲鳴を上げた。

 「その質問はダメだ。」

 「えぇ、許せないわ。」

 「筒夏さん!」

 志綾が声を上げた。

 「な、な、」

 言葉にならない声を担任は上げ続ける。

 「二人とも、引っ込んでろう。お前達が出る場面ではない。」

 「荼泉様・・」

 「・・・荼泉様の命令でもそれだけは聞けません。この人がした質問は禁じられています。」

 要家の使いが丁寧に答える。

 「筒夏さん!やめて、やめてよ。」

 志綾が声を上げる。

 「お願い、お願い、解放してあげて、」

 そう願うように筒夏の服を引っ張る。

 「志綾様・・・ごめんなさい。それは出来ません。」

 「え、」

 呆然と筒夏を見上げる志綾。少し間見上げてから視線を下に下ろしてため息をついた。

 空気が変わる。緊張感がみんなを襲う。誰がこの空気を作っているのか分からない。いや、みんな、分かりたくない。だって、だって、この空気を作っているのは志綾なんだから

 「・・・はぁ、ねぇ、やめろって言ったはずだよ?たかが使いの分際で僕に逆らう気?筒夏。君には幻滅した。二人は僕が何も出来ないと思っているだろうね。僕は志飛しとだ。男だ。志綾なんかじゃない。ねぇ、気付いてるでしょう?感じてるでしょう?僕には勝てないと手も出せないと。焦りで持っているナイフを落としそうでしょう?」

 そう志綾・・・きっとこれは志綾じゃない、じゃ、誰?

 そう誰かが言うと要家の使いがナイフを落とした。「あ、」と短く声を漏らす。

 「志綾様?」


 

 ああ、これは多分、志綾の中に眠る志飛なのだろう。

 

 どうして、こうなった?

 どうして、

 いつからおかしかった?

 俺は気付けなかった?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る