第2話 玲玲の秘め事

 わたしは紫釉シユにずっと黙っていた事があった。


 小六の時に、台湾から転校してきた同じクラスのかわいい女の子、紅 淑華シュファさんが現れた。


 淑華さんは「紫釉シユが大好き」と堂々と宣言した。彼は昔から頭も良くてスポーツもできて人気者。密かにファンクラブがあったが、あくまでも「推し」なので遠巻きに見守っていて誰も抜け駆けすることなかったが、吸い込まれそうな大きな瞳に整った顔立ちの彼女はとても積極的だった。


 ただの仲の良い幼馴染みだったのに、はじめて「好きだ」と自覚した。それで彼女に奪われたくなくて、ママが持っている古くてボロボロの『花占術』の本の中で偶然目にした〈惚れ薬〉をレシピ通り作ってしまった。

 


 パンジーの花びらをお鍋で熱して、抽出した花の液体。本によると、好きな相手が寝ている時、目に一滴垂らす。そして目を開けると、初めて見た者を好きになるという惚れ薬だ――。

 ちょうど原っぱで寝ていた紫釉くんを見つけ、パンジーの花言葉は〈私を想って〉まじない言葉を唱え息を吹きかけ、そっと瞼に一滴垂らした。


 目を開けた紫釉くんはいった。


「ずっと前から……」


 惚れ薬の効果で見事に彼はわたしに告白した。と同時に罪悪感でいっぱいになった。術を解こうとしたが本には所々虫に食われ、破れて記述がない。惚れ薬は作れるけど、逆に解くことができないのだ。


 淑華さんは親の仕事の都合で台湾に戻ってしまった。もしかして紫釉くんは淑華シュファさんのことが好きだったかもしれない……。密かに彼女の連絡先を交換した。


 わたしの夢は花占術を学んで、占い師になること。もうひとつは術を解く方法を探すことだ。


(ちゃんと、紫釉くんにかけた惚れ薬の術を解いてあげて、ただの幼馴染みに戻ってから、今度こそ告白するよ。そして淑華さんが好きなら、連絡先を渡してあげよう)


 わたしは誓った。



 ***



 夏休みに入ると、寮にいた生徒はだいたい実家に帰る。わたしの両親が日本にいないので夏の間は親戚の家にお世話になる予定だ。紫釉は珍しく台湾に戻っていた。


 二週間がたち、台湾にいる彼から玲玲の携帯にメッセージが入る。


『玲玲が心配だから、なるべく早く帰るよ』

「!」


(紫釉くんはやさしい………でも本心じゃないと思うと複雑だな)


 寮から実家に帰って荷物を整理して、これから親戚の家に行くことになっていた。家の外に出たら、友だちの市橋綾香にばったり会った。


「玲玲、久しぶり。元気だった?」

「うん、元気だよ」


 家の前のベンチに座り、おしゃべりをした。

「玲玲、やっぱり、お母さんのように占い師になるんだ。すごいね!」

「まだ、わからないことだらけだよ。学校では基本的な花占術を教えてもらうけど、将来、お店を開くようになるにはママとは違うオリジナルを編み出して、花占術師にならないと生き残れないの」

「へぇ~。占いって厳しい世界だね。それで玲玲のお母さんみたいに超売れっ子になるにはもっと大変なんだ」

「うん」


「ところで、玲玲に相談したいことある。頼んでおいて申し訳ないけど……いま手持ちのお金がないの……」

「もっちろん。まだまだ見習いだから、タダでいいよ」

「やった!」


 今、綾香は同じクラスに好きな子がいて、仲良く話していたのに、好きかもしれない。と思ってから、意識しすぎて話しかけられなくなってしまったそうだ。


「告白とか大それたこと考えていないよ。でもせめて、ふつうに話せるようになりたいの!!」

「うん、わかった。じゃあ、簡単なおまじないするね」


 スックと立ち上がり、自分の家の庭や畑に入った。


 今も母は親戚に頼んで色んな花を育ててもらっている。向日葵に、トルコ桔梗、朝顔、サルビアと、夏の花がたくさん咲いていた。


「あった。ペチュニアだ」


 ペチュニアの花は鉢に植えてあった。ピンク、黄金、オレンジ、赤、紫、青紫、白青、スミレ色、色とりどりのペチュニアが咲いていた。花がわさっと咲き乱れ、そろそろ間引かないといけないくらいだった。ペチュニアの花をとって、手のひらにのせた。深呼吸してから、なじまい言葉を花に吹きかける。


「綾香、ペチュニアの花言葉は〈心の安らぎ〉だよ」

「うんうん」


「今夜は三日月。ペチュニアの花をきれいなお皿に水をいれて、浮かべてね。次の日にお花を川に流すと、夏休みが終わったら、きっとふつうに話せるようになるから……がんばって!」


「うん、玲玲、ありがとう。さっそく今日やってみるね」

 喜んで綾香は帰っていった。

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