第3話 紫釉くんの家に行く

 夏の暑さが少し和らぎ、お盆を過ぎた頃、紫釉シユくんから『日本に帰ってきた』と携帯にメッセージが入った。


『話があるから会おう』


 数日後、わたしがお世話になっている親戚の家まで彼はわざわざやって来た。玄関先で応対したのは叔母の佳子だった。驚きながらも佳子はニヤニヤする。


「玲玲のボーイフレンドかな~。家に上がってもらう?」

「ええっと、ちょっと出かけます」


 近くの公園で話すことにした。三週間会っていないだけでまた背が伸びた紫釉くんにドキッとした。私服の麻のシャツも涼しげで、夏の暑くてムッと蒸れた空気も爽やかに感じる。


「そういえば、夏休み中、お世話になっている叔母家族が旅行に行くんだろ?」

「うん、佳子叔母さんたち熱海温泉だって」

「玲玲は留守番だったね。 一人は心配だから、その間だけでも僕の家に泊まりに来るといいよ」

「泊まり? でも……迷惑なんじゃない?」

「そんなことないよ。僕の家には執事と侍女しかいない」


(執事と侍女? 一般家庭にいないよ。紫釉くんったら、本物の王子さまみたいだ)


「本当に紫釉くんの家に行っていいの?」

「うん、もちろんさ」

「じゃあ、お言葉に甘えて二、三日お世話になろうかな」



 ***



 最寄りの駅で待ち合わせた。ボストンバックを手に持ち、彼を待っていた。すると黒い高級車に乗った誰かが窓から顔を出し声をかけてきた。


「玲玲、僕だ」

「もしかして紫釉くん?」

「ごめんな。家をつけられないように、車で迎えに来た。早く乗って」

「う、うん」


(やっぱり、命狙われているって噂、本当のことだった?)

 周りをキョロキョロ見渡して、急いで車に乗り込んだ。


「玲玲、僕は今ここに住んでいるんだ」


 彼は五歳の頃から日本に来てから、ときどき引っ越していたのでわたしは現在の家を知らなかった。


 到着すると目が点になった。


 それは都会では見かけないような広大な敷地にある豪邸だ。赤いレンガで囲われた塀、大きい門。洋風の建物だ。セキュリティもしっかりしていた。門から玄関までが長い。巨人でも住んでいるのかってくらい大きな玄関扉を開けると、天井が高く吹き抜けで、シャンデリア。床は白亜の大理石だった。


 わたしは口がポカンと開いたままになってしまった。


 (大理石ってめちゃくちゃ高いって聞いたことあるような……?)


「ええー。紫釉くん家ってこんなに大きいの?」

「前は高層マンションだったけど、父の知り合いから家を借りた。台湾で有名な風水ふうすい師にわざわざ来てもらい占ったら、よかったそうだ」

「あー! 台湾は風水大国だもんね。たしか授業で習った」

「そうだね」


 風水ふうすいの発祥は中国。だけど千九百四十年代の革命によって多くの風水師が粛清された暗い歴史があった………。

 その時、中国にいた多くの風水師が香港や台湾に逃げ延びたとされている。いま現在の中国に残る風水と香港・台湾の風水は少しずつ違うのだ。台湾風水は間取りにこだわる日本と違って、どちらかというと土地や場所が重要だ。


「これは玲玲お嬢さま。お待ちしておりました」

 丁寧に会釈する執事のワンさんと、紫釉の乳母でもあった侍女の冬梅ドンメイさんは、にこやかに玲玲を迎えてくれた。


「えっと、王さん、冬梅さん、こんにちは」

「今夜の晩ご飯は、料理人が腕によりをかけて作ります。アレルギーや嫌いな食べ物はありますか?」

「ありがとうございます。好き嫌いなくて、アレルギーも特にないです」


「ではお部屋を案内します」

 玲玲が持ってきたボストンバックを侍女の冬梅さんが持ってくれた。階段も大理石で、高級ホテルのような装飾が施された龍と花模様のアイアン手すりがエレガントでゴージャスだった。二階の奥がわたしが数日滞在する部屋だ。


 ガチャ


 その部屋はまるで古代王朝風の家具が置かれていて、お姫さまのようなアンティークな天蓋付きベッドだった。

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