第24話
翔へ「泉ヶ岳まで来ている。会って話がしたい」とメッセージを送ると、あっさり許可が出た。すぐに翔から軍までの地図が送られてきた。
もちろん、大友は道のりを知っている。大友は地図が送られる前にすでにキャラバンを発進させた。後部座席には、アジトにいる部下たちが数名乗り込んでいた。
少し走ると、森の中に突然開けた土地が現れた。中央に寺、プレハブ小屋が並んでいる土地は、周囲を金網と有刺鉄線で覆われている。
「ここが翔のアジトです。そしたら私は隠れていますので」
莉久と降りた後、大友はそう言ってキャラバンを停めに森の奥へ行った。
少しして、プレハブ小屋から翔が出てきた。翔はやや煤けた白衣を着ていて、疲れが溜まっているかのように足取りをふらつかせながら、金網の門へやってきた。
「あれ、お前ら。ここまでどうやってきた?」
「知り合いに送られてきたんだよ」
「まあ、いいや。それじゃあ、門を開けるぞ」
翔はポケットから鍵を取り出し、門の南京錠を開けた。門は軋みながらゆっくりと開く。
「ようこそ、神聖軍スガワラへ!」
翔は両手を広げ、俺たちに抱きつこうとした。目はギラギラと輝き、何の感情も読み取れない。翔の中身が、わからなくなった。鳥肌が立つ。根源的な恐怖が襲う。
翔の手を払い除けた。翔は、意外そうな目付きをした。
翔に連れられて、寺の広間へあがると、度肝を抜かれた。仏像があるはずの空間には、翔の巨大な写真が飾られていて、その周りを真っ白いバラの造花で覆っていた。
「俺は神だ。神は神らしく、崇められるべきだろ?」
翔は優しげな目付きで造花を触った。
「翔、私たちはあんたを説得しに来たの。いい加減、目を覚まして。翔は神じゃない」
翔へ語りかける莉久は腕組みをして、眉間にシワが寄っている。
「はいはい、それは俺が神だって気づいていないから言うんでしょ。ここで働けばわかsるから」
翔は嘲笑するように言うと、当然のように莉久の頭に手を伸ばした。
莉久に手を出すな。怒りがわく。
「ふざけんな。お前は人間だよ。それに、ここで働く気なんてない」
翔の手を強く払い除ける。
「また俺の手を払いやがって。お前ら、俺が怖いのか?」
翔は写真を背に、俺と莉久へ向かって語りかけた。
「まだ来たばかりだから、仕方ない。俺の意志に賛同してくれた人間はここで共同生活を送る。そのうち、俺が神だと気づいて、しっかりと俺に尽くしてくれる。神聖軍スガワラは人類の救済のため、闇を抱えて堕落した日本国を打倒することを目的とする。戦闘するためには金がいる。今のところは覚せい剤を作って売りさばいているな。奏太と莉久には、覚せい剤工場で働いてもらう。こちらが覚せい剤工場の長、大崎だ。原材料の調達もしている。東北大学の工学部で清掃員をしているから、研究室から薬品を盗んできてくれる」
翔の脇の男が軽く会釈をした。顔の彫りが異様に深くて、古代ローマ時代の彫刻のようだった。目つきはおそろしく冷たくて、鼻はおそろしく突き出ている。しわひとつない作業着をきっちり着こなしていた。
その側には、痩せた男が立っていた。スクエア型の銀縁の眼鏡をして、そわそわしながら手を握っている。
「あの方は?」
「医療部門担当の若生さん。俺たち、臓器売買もしてるんだよね。山を降りたところに寂れたクリニックがあるんだけど、この方はそこの院長。俺に賛同してくれて、臓器を取り出す手術をしてくれるんだ。ドナーは俺の信者の中でも、俺に反抗するヤツだったり、特に出来の悪いヤツ。俺を信じてくれない人間は大嫌いだし、要らない。殺したい。そいつらの臓器を売って、その金で俺に貢献してほしいんだよ。俺は人じゃなくて神だから、殺していい」
「ちょっと待て。お前は人を殺してるのか?」
理解が追いつかない。
「奏太、お前はバカだなあ。死体を捨てていた時とやってる事、そんなに変わらねえだろ?」
「変わってるよ。あの時は人を殺していない。だけど、今のお前は人を殺している」
「人殺しの何が悪い? 戦争なんてどうだ? 軍隊が百万人単位の人間を殺しても、正義のために行えば、罪に問われないし、国から勲章さえもらえる。人殺しが悪いのはね、認められないやり方で殺すからだよ。川内高校を出ているんだから、そんな簡単なこと、理解出来るはずなのに。お前ら、俺に逆らいたいのか?」
「違う。お前を説得にしにきたんだよ。こんなバカげたことやめろ!」
「神の俺に楯突くなんて、お前らは悪いヤツだな。ダメだ。俺たちと働きたくないんだな。それなら生産性がないし、要らない。臓器を売って金にしよう」
翔は閃いたように言うと、満足気に腕組みをした。若生が、カバンから注射器を取り出す。
助けを求めないといけない。大友を呼び出すため、素早くスマホを取りだし、表示させていた通話ボタンを急いで押した。
次の瞬間、遠くから銃声が聴こえた。
「お前ら、謀りやがったな! 殺すぞ!」
翔が叫ぶ。若生が注射器を持ってこちらに近づいてくる。
莉久の手を引いて、逃げようとした。そのとき、大崎が胸元から拳銃を取り出し、翔へ向けた。若生の動きが止まる。
「大崎、お前、なんで俺に銃を向ける……?」
「菅原、あんたは間抜けだ。仙台で覚せい剤の製造をするなんて、オオツカ・ミライが黙ってるわけねえだろ。俺は大塚社長から派遣されたスパイだ。榎本さんと高橋さんに何かあったら、お前を殺していいと大塚社長から許可をとっている。麻薬工場で半年間黙々と働いたけど、ようやく拳銃をぶっぱなせるから俺は嬉しいんだ」
大崎がこちらへ一瞬だけ目線を送った。莉久と一緒に下がる。
背後、寺の入り口側から銃声が聞こえる。大友が乗り込んできたようだ。
大崎は銃口を真上に向けると引き金を引いた。乾いた音が広間に広がる。
「おとなしくここで殺されるか、大塚社長の前に引きずり出されて殺されるか、どっちか選べ」
刹那、翔はけたたましく笑い出した。
「俺はやりたいことをやって生きたいんだ! みんな、俺のことを邪魔しやがって。誰も、俺のことをわかってくれない。親からも、学校からも、ビジネスの世界でも結果が出せなくてポイ捨てされた。もうダメだ。俺みたいなクズには、最初から生きる価値がなかったんだな!」
翔は、後ろに下がり、柱にかかった消火器をいきなり開け、煙を撒き散らした。
「若生! こうなったら、自決するぞ!」
「はい、菅原様!」
煙の奥から、翔の叫ぶ声がする。
柴田は冷静に銃を放った。
乾いた破裂音、薬莢の落ちる音、硝煙の匂い。消火器の煙の埃っぽい匂い。莉久の手を握る。ひどく冷たい。莉久を見る。青ざめていた。
「やだ、やめて……」
「神には生贄が必要だな」
翔の声がした。瞬く間に、莉久は煙の中へ姿を消した。
「り、莉久ーーー!」
急いで手を伸ばした。だが、煙の中からゴツゴツとした手がすっと出てきて、弾かれてしまった。その手は翔のものだった。
煙が晴れた。大友の声が聞こえる。
「榎本さん、高橋さん! 大丈夫ですか!?」
「大友さん、莉久が連れ去られた!」
刹那、広間の奥から銃声が数発聞こえた。
「まさか……!」
すぐに音のした方へ駆け寄ると、信じられない光景が広がっていた。
寺の奥まった部屋、バラの造花が数輪転がっていて、そのバラの脇に、翔と莉久が倒れていた。側には若生も倒れている。翔は左手で莉久に抱きつき、右手には拳銃を握っていて、銃口から硝煙がゆらゆらと立ち上っている。翔のこめかみに穴が開いて、その穴からどす黒い血がどろどろと流れ出していた。莉久は恐怖に怯えた顔のまま目を見開き、胸、喉、こめかみを撃ち抜かれていた。
翔が自殺した。そして、翔は莉久を道連れにした。そう、理解するのに時間がかかった。
膝から崩れ落ちた。
嘘だ、嘘だ。こんなの、認めたくない。
「う、うわああああああああ! 莉久、死なないで! 俺はお前がいなきゃ生きる価値がないんだ!!」
一人になるのは嫌だ。俺も死ななきゃいけない。そう思って、翔の手が拳銃を取り出し、こめかみに突きつけた。
すると背後から柴田の悲しげな声が聞こえた。
「榎本さん、その銃、弾が切れてます。銃スライドが下がりっぱなしで、ホールドオープンになってます」
死にきれなかった。俺は、死にぞこないのクズだ。銃を落として、その場にうずくまった。
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