第20話
八月の末、東北の夏はすぐ終わる。すでに風が冷たく、長袖の服を着なければならない。
夜、広瀬通の銀杏並木を莉久と歩く。交差点を曲がって国分町通へ入ると、目の前の街は宝石箱をひっくり返したように、煌びやかに輝いていた。東北一の夜の街・国分町だ。
セブンへ入る。棚に並ぶ漫画雑誌の表紙はそのほとんどが、莉久のコスプレ写真で飾られていた。浴衣を着て、縁日のりんご飴を頬張る莉久。砂浜で真っ青な海に向かって駆けるワンピース姿の莉久。プールサイドでビキニを着て微笑む莉久。みんな、可愛かった。
「わたし、ここまできたんだ……」
雑誌を手に取った莉久は、じっと表紙を見ていた。
「ほら、今日は祝賀会でしょ。もっと元気だして」
「うん。そうね。今日はいっぱい飲みたい」
セブンのある建物の二階、結亜の父親が経営する寿司屋へ行く。店に入って席に座ると、薄紫の着物を着た結亜が、一番搾りの中ビンを持って立っていた。
「榎本、おそーい!」
結亜はむくれながら、ビンの栓をあけると、テーブルのグラスに注いだ。
「莉久、この子が教え子の佐々木さん」
「ホントに呼び捨てされているんだね」
席に付いた莉久は少し困った顔をしながら笑った。
「この人がRIKUさんね?」
「そうそう。てか、莉久にはさん付けするんだな。それじゃ、乾杯するか」
「東京への引越しを祝して、乾杯!」
三人でビールを飲む。祝杯だ。
莉久はこの半年でプロコスプレイヤーの仕事が激増。漫画雑誌のグラビア撮影、イベント出演などで頻繁に仙台と東京を行き来していたが、東京で本格的に活躍するため、九月に引っ越すことになった。そして、俺も莉久と一緒に上京すると決めた。
どうせ天涯孤独だ。土樋のマンションも売れた。教え子で唯一気がかりだった結亜は、家業を継ぐと決めたらしく、学生生活のかたわら、親の寿司屋で女将として張り切って働いている。
翔は行方不明になっていた。失踪届は大塚の命令で出せない。俺たちは何回も探したが、見つからなかった。そして、株式会社スガワラ王国は大塚が社長になってから一ヶ月もしないうちに公式ウェブサイトとすべてのグッズ販売店を閉鎖。会社はオオツカ・ミライが精算中。今ではほとんど忘れ去られていた。
仙台に思い残すことは、何もない。
「寿司屋だけど、ラーメンもあるんだよ。結亜、持ってきて」
結亜は立ち上がると厨房へ行き、ラーメンを持って戻ってきた。
「はい、名古屋名物・台湾ラーメンだよ。榎本、私、仙台で絶対流行らせるからね!」
結亜は明るく笑った。結亜は仙台に残って、このまま逞しく生きるんだろう。安心した。
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