第16話

 二月初めの昼下がり、マンションのリビングで、翔と莉久と俺は床に座り込んでいた。

 カラダがひどく重い。ブロン錠が効きすぎるとこうなる。飲んだ直後は万能感と幸福感に満たされるが、しばらくするとひどい反動が来て、自殺したくなるほど気分が落ち込む。辛い、苦しい。死にたい。何もかも、虚しい。そんな考えが、延々と頭をよぎる。

 首を吊って死のうと思った。まず、台が必要だ。そう思ってダイニングテーブルを見ると、翔がテーブルの脚にもたれかかって、スマホをいじっていた。目は虚ろだった。昨日、大塚に殴られたという。理由は教えてくれない。マンションに帰ってきた翔は、肩を落としてずっと下を向いていた。

 普段の傲慢さが、まったく消えていた。ブライトネイビーのスーツがひどくしわらだけになっていて、醜かった。スマホを見る翔の顔面に、生気がない。すると突然、翔の表情が一気に険しくなり、顔面が一気に青ざめた。翔の手が震え、スマホを投げつけて叫びだした。スマホはテーブルの脇、莉久がいつも吸うシーシャに当たった。

「う、うるさい! 危ないじゃない!」

 莉久がろれつの回らない声で言った。翔は莉久を無視して、慌ててスマホを拾った。

「ああ、あああ!! 莉久、奏太、こっちに来て。画面を見て。やばいよ、ついに見つかったよ。俺、もうダメかもしれない」

 莉久と俺は、身体をゆっくりと動かして、画面を見た。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 白北新聞 オンラインニュース


 仙台・愛宕山 地下水路に2体の死体 若者の男女か 宮城県警

 2月1日 13:34



 先月29日午後3時半頃、仙台市太白区越路の愛宕山で、山を探索中のグループが、腐敗した2体の死体を発見し、警察に通報した。仙台南署が身元と詳しい死因、事件性の有無について調べている。


 現場は愛宕山の地下、大正時代に建設された水力発電所の跡地。グループは廃墟を巡る愛好家で、発見当日も趣味の一環で山を探索していたという。

 検死の結果、死体は十代から二十代の男女。現場に服などの遺留品は残されていなかった。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「なんでこんなクソ寒い時期に、趣味であの水路を探索するんだよ! わけがわからねえ! 白北新聞も報道するな! あいつら、『街のイノベーター』の記事、まだ一個も出してねえじゃん! なんでだよ!」

 ついにバレてしまった。いつか、死体は見つかるだろうと思っていた。だが、それは十年後か二十年後の未来の話で、今だとはまったく思っていなかった。

 捕まるんだろうか。どうやれば、警察から逃げられるだろうか。まったくわからない。金のためやったこととはいえ、自業自得なのはわかっている。不安だ。嫌だ。死にたい。

 皆、恐怖に取り憑かれたようだった。翔は、目を異様に丸くして、ぶつぶつと小声で何かを言い始めた。莉久は黙っていたが、肩を抱いて震えて、顔面は真っ青になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る