第14話

 朝。ほぼ徹夜で疲れが溜まり、身体がずっしりと重い。今日は大学へ行かねばならない。カフェイン二〇〇mg錠の錠剤を飲んで、眠気をごまかす。翔はもう出ていった。

 大きくあくびをする。玄関で靴を履こうとしたら、莉久がぱたぱたと駆け寄ってきた。

「ねえねえ、奏太、奏太! わたし、スカウトされたよ!」

 莉久がスマホの画面を見せつけてきた。メールの文面が映し出されていた。


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 RIKU様


 ポアソン株式会社 メディア事業部の桜岡と申します。

 突然のご連絡、失礼します。


 弊社は、日本最大級のコスプレイヤー様専門のプロダクションです。

 RIKU様がSNS上で活躍される姿を拝見しました。RIKU様には、私たちとともにエンタメ業界を盛り上げていただけたらと存じます。


 面接を希望される場合は、氏名・連絡先・年齢・これまでのコスプレ活動の経緯を簡潔に

 まとめていただき、ご返信ください。


 なにとぞ、よろしくお願いいたします。



 ポアソン株式会社 メディア事業部 桜岡大介


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 スマホで会社名を検索した。確かに、実在する芸能事務所だ。しかも、大手の事務所らしい。

「やった、おめでとう! 面接、受けちゃいなよ!」

 嬉しい。素直に、嬉しい。

 すると、突然、莉久が抱きついてきた。

「奏太。ありがと。翔にも言ったけど、何にも言ってくれなかったの……」

 莉久は寂しそうに言った。

 莉久を、守らなければいけない。莉久を抱きしめる。莉久は、優しく抱き返してきた。


 非常勤講師室の暗い席で、黒松駅のファミマで買った新聞を広げる。日経新聞の片隅に、スガワラ王国の特集が組まれていた。記事は概ね好意的な内容。大塚の力のおかげだ。おそらく、これで白北新聞は黙るはずだ。

 その横に、オオツカ・ミライの特集も組まれていた。三年前、オオツカ・ミライは流通業界に参入し、様々な企業の流通網をコンサルティング。現在では日本の流通網を変革する会社として注目を浴びて、新聞やテレビで特集がよく組まれる。だが、オオツカ・ミライが流通業界へ参入した理由は、はっきりいって汚れている。麻薬、ドラッグ、向精神薬物の販売サイトを運営していた大塚は、警察や厚労省麻薬取締部に逮捕されないよう、自分にしか管理できない複雑で独自の流通網を一から構築した。その経験とノウハウが金になると大塚が気づいたからこそ、オオツカ・ミライは流通業界へ参入したのだ。

 講師室から出て、教室へ向かう。窓ガラスの隙間から、冷たい風が入る。教室へ入ると、相変わらず結亜が最前列に座っていた。教壇にプリントを置こうとしたとき、結亜の可愛らしいカバンが目に入った。アニメキャラのアクリルキーホルダーをじゃらじゃらとつけていたが、その中に「ナゴヤ王国」と書かれたキーホルダーがあった。丸っこくデフォルメされた金のシャチホコがプリントされている。

「結亜、その『ナゴヤ王国』ってなんだ?」

「ん? 今、名古屋で流行っているんだ」

 結亜の父親は、名古屋の出身。仙台に移住し、寿司屋の経営をしている。結亜自身も中学生の頃まで住んでいて、今でもよく遊びに行くと聞いたことがある。

「へー、ナゴヤ王国ってどういう国?」

「こっちでいうところのスガワラ王国みたいなかんじ? 名古屋でも流行っていたけど、もう飽きられちゃったっぽい。今は、みんなナゴヤ王国のグッズを持っているよ」

 結亜はキーホルダーを見せつけると、茶目っ気たっぷりに舌を出してウインクした。

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