第12話

 会社に戻る。社長室へ行くと、いつのまにか、大塚が上座のソファーに座っていた。

「お、大塚さん? いつの間に?」

「社長が怒鳴っていた最中ですわ。ああ、怖い、怖い。それと、忠告しておきますけど、マスコミをナメたらいけません。白北新聞社の朝刊は毎日四〇万部も売れています。全国的にも、一〇〇年以上小説家たちの活動を支えたり、東日本大震災での報道姿勢が評価されたりして、有名です。菅原社長、東京へ本格的に進出したいんでしょ? 東京の全国紙が、白北新聞に便乗してあなたを責めてきたら、どうします? 白北新聞には系列のテレビ局・ラジオ局の白北放送だってあります。東京のキー局も、白北放送を守るため、全力で潰してきます。誰だって、身内がかわいいんです。あなたは、敵にされます」

 大塚はにったりと笑うと、マルボロのメンソールを吸い始めた。

「大塚さん、どうすればいいですか?」

「電光石火。他の新聞社を通して今すぐに文句を言う。経済に強い新聞がいいですね。今のうちに、あなたに同情する新聞社が一社でもあれば、うかつに手をだせなくなります。全面広告を出せばいいんでしょうけど、あんたら、そういうお金もなさそうだし。確か、大型ディスプレイのCMも、今月でやめるんでしょ?」

 ぐうの音も出なかった。

「私のツテで新聞記事を書いてもらいます。死体遺棄の仕事、たんまりあげます。お金も、たんまりあげます。しばらくそっちをメインにして働きませんか? ただし、条件がありますよ」



 二人でキッチンONへ行く。莉久は寝込んで、起き上がれない。コスプレイヤーのプロデビューを賭け、コンテストへ応募したが、準決勝で敗退し、ショックを受けたという。

「これでもう何回目?」

 若干呆れながら聞く。

「十回は超えている。この前、会津で撮った写真、コンテスト用だってね。自信満々に送ったけど、だめだったらしい」

 翔の口調がどことなく重い。

「大塚さん、うちの会社をどうするんだろ」

「部長を総入れ替え。オオツカ・ミライから、新しい人間を送るらしい」

「断れないの?」

「大塚さんはウチの大株主。無理。あと、新しい総務部長は、マスコミ対応の経験がある人材らしい。そいつにしっかり任せようと思う。それに、経理部長の阿部を切るいい口実もできた」

 翔がナンをちぎってマトンカレーに浸す。翔はマトンカレーしか食べない。

「で、今日のブツは?」

「四十代の男。塾の経営者で、仙台の塾業界では 『ゴッド』ってあだ名がつくほどのカリスマだったらしいが、同業他社に次第にシェアを奪われ衰退。給料も下がり続けて、優秀な講師は、逃げるように他の塾へ転職。経営者は資金繰りに悩んで、塾の本部で自殺したんだとさ。自殺の噂が出ないように、塾のスタッフが総出で死体を隠したいらしい。スタッフも、さっさと転職を考えている。なるべく、身内の不祥事を隠したいんだとさ」

「ひっでえなあ。使えなくなったら、経営者でもポイ捨てかよ」

 その瞬間、翔がじっと見つめてきた。キレて怒鳴り散らかすと思った。だが、翔は、ひどくしんみりとした口調で語り始めた。

「奏太、お前は甘い。ヒトっていう生き物は、自分勝手な期待を身内にかけて、その期待が裏切られたら、平気で切り捨てるんだよ」

 翔は店員を呼びつけて、コーヒーを注文した。恰幅のいい店員は、にこやかに「国王陛下、今日もいい食べっぷりね!」と大げさに褒めた。

「ああ、お前、そういえば父親に……」

「一方的に捨てられた。今でも、夢に出てきて思い出す。仙台文芸大の学長室で、親父と一緒に学長へ頭を下げて入学させてくれたあと、隣のトイレに連れ込まれて、親父が殴ってきたんだ。『十八歳のときの俺は、黒川のなにもない山奥で血反吐を吐くほど勉強したんだぞ。東北大医学部へ受かって、仙台に出てきたあとも必死に努力したんだ。俺は白い巨塔の財前五郎だ。医局員を何人も潰して、同僚の准教授どもを蹴散らし、自殺させたこともある。稼いだ金を政治家や官僚どもにバラまいて、やっと医学部の教授になれたんだ。手塩にかけて育てたお前が医学部へ入ったら、すべてが上手くおさまるって期待していたのに。こんなバカだと思わなかった。裏切られた。四年分の学費は出してやる。けど、今日限りで勘当だ。二度と顔を見せるな。出ていけ』って感じで怒鳴られた。その晩、大塚さんのサイトで初めてマリファナを買った」

 翔は他人事のように淡々と語りながら、キッチンを見ていた。店員が慣れた手つきでコーヒーを淹れていた。

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