第10話

 朝のあすと長町のオフィスは、翔の怒鳴り声が響き渡っていた。翔は恐ろしい形相で、管理部門のオフィス、総務部長・鈴木の胸ぐらを右手でつかんでいる。さすがに止めなればいけない。

「翔、お前、やめろって。それはパワハラだ」

 鈴木は青ざめながらカタカタと震え、まっすぐおろした太い指が、小刻みに揺れている。

「うるせえ。俺のこと、パワハラで労基署に訴えてもいいぞ。だがな、鈴木、本当にこんな記事が出るって知らなかったのか? メディア対策も、総務部長の仕事だろ?」

「ほ、本当に知らなかったんです。許して、ください……!」

 翔の左手には、白北新聞の朝刊が握られていた。一面のコラムに、スガワラ王国の批判が掲載されていたのだ。


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 白北日誌


「東北とはなにか?」を生涯にわたり追求した井上ひさしさん(1934~2010)が、東北の寒村が日本から独立を宣言するという奇想天外な話を描いた小説・「吉里吉里人」。片田舎の大学に通っていたころに学校の図書館で読み、ストーリーの壮大さに心を打たれた思い出がある。▼独立国家「吉里吉里国」には国営の放送局がある。名前は吉里吉里放送協会。通称KHKだ。アナウンサーのミドリ橋本はあどけない少女。だが、国を想う彼女は吉里吉里国の大人たちと対等に話しあい、国政へ積極的に参加する。政策の決定権を大人たちだけで握り、子どもの意見を取り入れない政府に対する皮肉が込められている。▼最近、巷では、架空の「王国」の肩書を買うのが流行しているという。正社員は3000円、公務員は5000円、国会議員になると3万円、大臣はなんと5万円で売られている。たとえ子どもでも、お金を払えば、大臣を名乗ることができる。▼わが社の近くにある宣伝用の大型ディスプレイでは、その王国のCMが毎日流れている。小学生が、大臣の肩書を買って先生に辞令を見せるという内容だ。架空の国家とはいえ、金銭を払っただけで肩書を買える。そんな卑怯なことを日本の未来を担う子どもたちへ刷り込むなど、まさに言語道断としか思えない。▼少子高齢化、人口流出、産業の空洞化。地方が抱える問題に対して、県民の危機意識は非常に強い。将来、子どもたちには、これらの課題を金の力ではなく、意見をぶつけあって実行することで解決してほしい。「王国」の国王も、知恵を出して、架空の国でなく、現実の国家での課題を解決してはどうだろうか。


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 本当に汚い、と思った。おそらく、會田が何かしらの形で絡んでいるのだろう。一見すると正論に聞こえる言葉で、相手を殴りつける人間。意地汚い、虎の威を借る狐。あいつの考えは、『吉里吉里人』に登場する編集長・佐藤久夫にそっくりだ。「私立より公立がエライ、しかしその公立より国立のほうがもっとエライ」。そんな、幼稚な定理を証明もせずに信じている、クズ。

「もういい。今すぐ白北新聞へ乗り込むぞ。奏太、ついてこい!」

 翔は総務部長の椅子を蹴りとばし、社長室へ向かっていった。

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