第9話

 土樋のマンションに帰る。リビングには莉久だけがいた。ソファーに座って、シーシャを虚ろな目をしながら吸っている。

「ただいま。今日はもう終わり?」

「おかえり。そう、もう、終わったの」

 莉久の側へ行く。莉久の目の焦点があっていない。

「どうしたの……?」

「私の報酬、少なくて、本当に嫌になる。スガワラ王国はまだまだ中小零細。儲けは大塚が奪っていく。報酬二〇〇万円。どうやって生きていけばいいの」

 莉久の口から煙が立ちのぼる。莉久は震える声で言葉を続けた。

「わたし、本当はやりたいことがあるの。プロのコスプレイヤーになりたくて、いろんなコンテストに応募しているけど、どこも声をかけてくれない。この前の会津で撮った写真、コンテストにさっき送った。けど、返事、来ないんだろうな」

 胴体にもたれかかった。莉久の涙がこぼれおちる。

 突然、熱した油のような、熱く、危険な感情が沸きだした。驚く。その感情は、冷え切った心を、ぐるぐると執拗にかき乱しながら、加熱していった。

 莉久を俺のものにしたい。

 目の前に、錠剤がある。オレンジ、紫、青、緑。MDMAだ。

 気が狂いそうだ。莉久の腰に手を回して、抱きしめるべき人間は、翔ではない。俺だ。

 錠剤を手にとって、口へ頬張る。

「莉久、飲む?」

 莉久へ錠剤を差し出す。

「飲むよ。飲まなきゃ、やっていけない」

 莉久は目を伏して、かじるように錠剤を口へ入れた。

 今だ、と思った。俺は莉久の身体を抱きしめて、唇を重ねた。莉久は動かなかったが、しばらくして、小さな腕を腰へ回し、抱き返した。ずっと抱きしめあう。だんだんと、薬がキマってくる。気持ちいい。このまま、ぐちゃぐちゃに溶けあっていく。

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