第5話
世の中には、公に出ることのない死がある。名家での家庭内殺人。ラブホテルの変死体。会社員が社屋で自殺。工場でのうしろめたい死亡災害。スガワラ王国では、秘密裏にそのような死体を隠す仕事もしている。翔が大塚から仕事を受託し、俺と莉久との三人で隠す。
翔に誘われてこの仕事を始めたのは三年前、家庭教師でなんとか食いつないでいた頃だった。会社を作ったばかりの翔から「会社を立ち上げたばかりで家賃を払えない。うちの会社で仕事をあげるから、土樋のマンションに莉久と居候させてほしい」と頼まれたのだ。もちろん、死体を捨てることが犯罪だとわかっていた。だが、とにかく金が欲しかった。それと、翔と一緒にやってきた莉久と、一緒にいられる。まだ、莉久に未練があるのだ。いつか、翔から奪い返したい。そういう不純な動機で、死体隠しをしている。
深夜三時。土樋のマンションから広瀬川を挟んだ対岸、愛宕山の崖の下に、莉久と二人で立っていた。天気予報は外れ、夜空には雲ひとつもない。西の空の満月は、ほのかに黄色みがかった光を放ち、夜空をくまなく照らしていた。
漁業用のだぶついたマリンスーツを着ながら、翔が来るのを待つ。すぐ背後には、愛宕山のゴツゴツとした崖が迫っている。崖には大きな穴が空いていた。脇に立つ看板は月の光に照らされ、「元 仙台愛宕下水力発電所 導水トンネル」の文字がはっきりと見える。大正時代の水力発電所の跡だ。広瀬川の上流から山の地下へトンネルと通し、川の水を流して発電していたらしい。その水路の奥に、死体を捨てる。マリンスーツがないと、まともに入れない。
山の端、国道二八六号線をプロボックスが疾走し、愛宕大橋を猛スピードで渡ってきた。翔が「仕事」に使う車だ。
車は国道から逸れて、愛宕山の麓、越路の住宅街を乱暴に走り、俺たちの隣、オンボロの公務員宿舎の駐車場へ堂々と停まった。運転席のドアが勢いよく開く。翔がやや疲れを見せた顔をして出てきて、無言で車両の後ろ側を指さした。急いでバックドアを開ける。そこには、ブルーシートで覆われたなにかがあった。
おそるおそる、開ける。裸にされた男女二体の遺体があった。実物は写真で見るより、美しい。二体とも、瞼と口をぽっかりと開けている。
「遺品は俺の方ですべて回収した。ほら、行くぞ」
三人で遺体を抱える。遺体からは何の温かみも感じない。崖の穴へ入り込んで、頭上のヘッドライトの照明を頼りに、どんどん奥へ進む。
水路は昭和初期に発電所が操業を停止したあと廃墟となり、平成になる寸前になるまで数多の業者がビジネスに使おうと勝手に掘り進めた。その結果、おそろしく複雑に入り組んだ構造をしている。翔はその構造を知っているが、俺と莉久はいまだに理解していない。
水路までやってきた。水へ足をつっこむ。水の冷たさが、マリンスーツ越しに、刺すように襲ってくる。凍える。震える。こんなこと、本当はやりたくない。だが、金のためだ。そして、この仕事をやっている限り、莉久とずっと一緒にいられる。
莉久は黙って震えている。翔は大声で愚痴を言い始めた。
「冷てえ! こりゃ、奥まで行けねえ。そしたら、この近くの『キノコ部屋』に捨てて、さっさと引き上げるぞ!」
翔が怒鳴りつけ、急に左へ旋回して進み始めた。少し歩いて分岐を左に曲がると、広い通路が見えた。水路からあがって、その通路へ行く。通路には道を塞ぐように、ブロック塀が立っていた。少し進む。同じようなブロック塀が、奥に向かって等間隔に並んでいた。戦後すぐ、ある業者がキノコで一儲けしようと栽培用の部屋をつくったのだ。塀が仕切り板になり、コの字状の小さい空間が何個できていた。その一つに、ホームレスが住んでいた跡があった。
「ここに捨てるぞ。どうせ冬になれば、こんな廃墟なんて誰も入ってこない。春になったら勝手に腐って骨になる。それでいい」
翔がブツブツと言いながら、遺体にホームレスの服を着せていた。
「ったく、マジで自己責任だよ。シャブやりすぎて死ぬなんて、クズだ。こんな奴ら、最初から生きる価値、ないだろ。よし、これで心中したカップルみたいに見えるかな?」
翔は遺体同士を抱き合わせた。二体の遺体の唇が重なる。すると、翔が突然叫んだ。
「てめえらみたいなバカ、とっとと死ねばよかったんだ! 東北大学を出ても、バカはバカ! 俺なんて、Fラン大学を出ても、社長! お前らより価値がある!」
叫び声は、水路に虚しく響いた。
仕事は終わった。あとは帰るだけ。すぐ水路から出て、三人でプロボックスに乗り込む。後部座席に座る。莉久は助手席。プロボックスは愛宕大橋を渡って、信号を待っている。莉久と、運転席の翔とが、温め合うように抱き合った。腹立たしい。舌打ちをして、翔のシートを足で軽く蹴った。
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