第3話

 朝日が光り輝く。眩しくて、目がえぐられるようだ。

 地下鉄・長町駅を出て、東北本線のねずみ色でダサく高架を東へくぐり抜けると、新しい街、『あすと長町』に入る。ここにスガワラ王国のオフィスがある。どこまでもまっすぐ伸びる大通り。スタイリッシュな高層マンション、オフィスビル、ローカルテレビ局、東北唯一のイケア、ゼビオスポーツ、レクサス、フォルクスワーゲン。上流階級のための街なのに、味気がない。文化がない。殺風景。シムシティで初心者が作れそうな。単純な街並み。

「俺には土樋がちょうどいい。ここに住んだら、いろいろ忘れるから。それと、おいしいカレーが食べられなくなる」。

 マクドナルドでコーヒーを買いながら翔が言う。店を出るとすぐ隣、ドラッグストアの真新しい居抜き物件がスガワラ王国の本社ビルだ。一階には公式グッズの販売ブースがあり、二階は社長室、管理部門、企画部門、会議スペースがある。技術部門は存在しない。すべて外注しているからだ。

 二階へ上がる。壁には金色の額縁が飾られ、スガワラ王国の憲法が収められていた。


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 スガワラ王国憲法

 前文

 スガワラ王国臣民は、自由意志に基づく契約のもと、愛すべき国王陛下がソファーで寝っ転がりながら思いつきで作った国家・スガワラ王国の一員となり、自由と平等に満ちたスガワラ王国を、全力を挙げて守ることを決意し、この憲法を確定する。


 第一章 国王

 第一条 スガワラ王国は、日本国の株式会社『スガワラ王国』が指導・監督をして運営する。また、同社の代表取締役社長である菅原翔を国王とする。

 第二条 スガワラ王国は、国王を元首とする。みんな大好き、国王陛下。

 第三条 臣民は、申請をすれば愛すべき国王陛下から地位を賜ることができる。なお、その際の手続きは株式会社『スガワラ王国』公式ウェブサイトを通じて行うものとし、手続きに関わる費用は日本円にて支払うものとする。


 第二章 臣民

 第四条 臣民は国王陛下の言葉を聞いて行動してもよいし、しなくてもよい。

 ……


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 ユーモアを中途半端に混ぜようとしていて、逆にスベっている。憲法といっても、何の法的効力もない。こんな憲法、紙クズだ。続きを読もうとしたが、翔が壁の反対側、総務部の方向へ進んでいったので、急いでついていった。

「今日の予定は?」

 翔が総務部長の鈴木へ聞く。アフロヘアーの鈴木は、その髪を指でもじゃもじゃといじっていた。

「十一時から定例の企画会議、十六時から白北新聞の記者が来社されるようです。『街のイノベーター』の企画で、個別にインタビューしたいのだそうです」

「了解。今日はそこまで予定はないね。そういえば、昨日の経営会議の続きを八時半からしたいって言ったはずだけど、部長たちってもう集まってる?」

「経理部長の阿部以外、全員着ています。阿部は体調不良で休みを取りました」

「あいつ、いつも肝心なときに休むんだよな。阿部を抜いてやろう。頼りにならない。あ、今日も副社長は休みだから。よろしく」

 翔は落ち着いた様子で答えて、コーヒーを飲み始めた。社長としての風格がある。

 だが、鈴木は、やや青ざめながら言葉を続けた。

「それと、例の大塚さんが今すぐ会いたがっています……」

 心臓が止まりそうになった。大塚は技術部門の外注先『オオツカ・ミライ』の社長だ。外注先といっても、主従関係はオオツカ・ミライのほうが上。スガワラ王国の大株主だ。公式ウェブサイト、辞令など公式グッズの流通網の管理を一手に管理する大塚がいないと、翔の会社はたちまち崩壊する。そして、翔と俺は、大塚に重大な弱みを握られているのだ。

「鈴木、会議をキャンセルしろ。奏太、いますぐ、会社中をひっかきまわして、ありったけの資料をもってこい。こういうのはお前しかできない仕事だ」

 翔がコーヒーを持つ手は、小刻みに揺れていた。

 

 数分後、窓越しに駐車場を見ていると、一台の車が入ってきた。真っ白くて豪華なベンツのSクラス。大塚の車だ。

 急いで駐車場へ出る。翔も一緒に走る。車が停まり、運転席のドアが開いて、大塚が出てきた。ライトブラウンのスーツに身を固めた大塚は、オールバックの髪を労るように撫でながら挨拶をしてきた。

「おはようございます。突然すいませんね、菅原社長。最近どうです?」

 腕にはオーデマ・ピゲの腕時計が輝いている。五百万円もするらしい。

「あまり儲かってないですね」

「本当ですか? 私だってお人好しじゃないですよ。エビデンスがほしいですね。見せてくれます?」

 大塚は嫌らしく笑った。翔がこちらをちらりと見て、脇腹を小突いてきた。急いで手元の決算書を大塚へ差し出す。大塚はひったくるように受け取り、資料を舐めるように眺めた。

「あー、これは儲かってないですね。東海地方の売上が下がってますね。嘘をつかれなくて、安心しました。開発費の見積もり金額を下げていいかなって思います。あ、そうそう最近、お二人からマリファナの注文をいただけなくて、困ってるんですわ。あと、MDMAもそろそろ買ってくれないと。在庫が余ってしょうがない」

 大塚はにっこり笑った。

「さあ、お寒いでしょうし、中へどうぞ」

 呼びかける翔の声は震えていた。

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