第7話

ふたりは、40代くらいだった。

片方はジャージ、片方はスウェット。

なにも考えられなかった。

金縛りは解けていた。


〈起きて〉


起き上がった。

ふたりして。


〈あなたたちをいじめていたひとたちは、みんなしあわせになった。具体的には喜怒哀楽の人生を送っている。だけれど、あなたたちをいじめていたひとたちにはしあわせの人生が約束されている。だって、がんばるから。頑張っている人間には、しあわせが訪れる、のは合っているけれどちょっと変えて、頑張っている人間には、しあわせをつかんだり、引き寄せやすい手を持ってたり、いじめた人間の顔と名前を忘れやすかったり、自分たちの青春を思い出す時には、大人のなかの大人に天が生育させてしまっている。熟成ではない。成熟でもない。それでも、経験を積んだ以上、大人の対応と、大人の行動力を持つ〉


子供の声で、なにかのエピローグが始まった。

つづいて、ふたりの母の声が聞こえる。


〈ふたりとも、よく死にませんでした〉


双子のふたりは怒り狂った。双子は母を憎んでいた。父のことはよく知らないが憎めなかった。あれ?と思う。父も、母も、どこにいるのだろう。

どうして自分たちは畳の上で布団でふたり、寝ていたのだろう。部屋は狭かった。

次に聞こえたのは。


〈もうくるしまないで〉


父の声だった。急にふたりとも泣きたくなった。しかし、母の声でその言葉を想像しても同じ気持ちになった。今度は父の声でよく死ななかった、と聞こえた気がした。


思い出した。

自分たちは双子のきょうだいで、幼稚園よりずっと前からみんなに話しかけてもらえなくて、それでも。なぜか、一緒に今まで生きてきた。

なぜだろうか。


おばあさんと、おじいさんの声がした。

〈迫害のないところへ行きなさい〉


また不思議だった。はたしてふたりに会ったことがあっただろうか。すべてがゆめまぼろしにかんじて、それでも思いだけが届く。


〈天使だったあなたたちへ〉


〈しあわせになってね。〉


〈しあわせってなんだったけね〉


〈わるいことは忘れるの〉


〈しあわせの邪魔になる〉


〈天使だった、あなたたちへ〉


〈いま、しあわせ?〉


「ぜんぜん幸せじゃない!こどもが生みたかった!」


「私は!学校を変える立場の人間になりたかった!」


「だってわたし、あれ?」


私の思いは、私たちの思いは混ざってしまいそう。

同じ思いで生きてきたけれど、この思いは、混ざってしまっていいものなの?

もしもみんなが共感してくれたなら、たのしく、幼稚園も、保育園も、学校も、会社も、社会も、調和されたやさしいせかいであったのだろうか?

 それはない。でも。

 見ていた夢を思い出す。

「ご先祖さま。神様。仏様。お天道様。この世のすべて、双子のきょうだいにも、先生、みなさん、おねがいです」


「いじめのない世界なんてないと、覚悟していてください」

一生部屋から出てこない?電車とホームと踏切。身体への自傷行為。ほかに、なにか。なにが。たとえば、殺意すら湧いてしまう憎しみと自身の成長への楔。


ふたりは、同時につぶやいた。


「天使さま」


何も起こらない。


「これでいいわけ無いじゃない」


明日から、今日から、声が聞こえる。


どんなに生まれ変わっても。違う人生を歩んでも。


追いかけてくる。だから、病気のようなものだから、治し続けてください。


双子は思う。今日見た夢が何時から見始めたものなのか。お互いにいま何を思っているのか。ひとりより、ふたりのほうが有利で強くいられたのか。

この同居はしあわせなのか。


わるいことは、忘れなさい。


「いいえ、されて傷ついたことは忘れません。そして、傷つけたほうは、こどもをどう育てていくのか見物です。きっとそっくりのひどい子に育つか、やりかえされたらいいのに。それでもしぶといの。だって親がしぶといから。異世界に行きましょう。この街は、私達は、若返ってやり直したい!」


年をとった双子は、なぜか鏡の方へ行き、自身の姿を映すとそこには。


鏡がなかった。洗面所に無ければ、他にどこにある。

双子は、お互いを、鏡にしていた。

「そうだった」

ふたりで呟く。どうにもならないなら、夢を見る前に、話し合っておくべきだった。

「この生活は楽しい?」

「楽しかった」

「私達は、人生を棒に振った?」

「わからない」

「まだまだ、若い人達に、何か残せる?」

「できると思う。でも、関わるべき立場や経験を積むには、私達は年をとり過ぎた?」

「わからない」

今この瞬間も、異世界だった。

神様だの、天使だの、お地蔵さまだの。縋るものはたくさんあるけれど。自分自身に縋るのだけは、身動きが取れなくなる。誰かに縋るのは、遠ければ気づかれないんじゃ無いかとサイリウムや団扇を振った。アクリルスタンドにキーホルダー。 

 べつに良いじゃない。

「私達は、双子だったっけ?」

「そのはず、誰も信じられなくて一緒に住んでいた」

 同じ年の取り方をした夫婦じゃないだろうか?この訳のわからない気持ちは、夜明けのいつもの毎日が始まるまで終わらない。

 こんな奇妙な気持ちになるなんて。

「三つ子だった気がする」

「馬鹿言わないで」

でも、だれか大切な人を亡くしたら狂わずにはいられない。そんな気がする。

 誰もがこころの友で、家族で、双子で、いがみあっても、一緒にいるしかなくても、ひとりにならないとつぶれそうでも。

 ああ。わたしたちは、これを読んでいるみんなは旅をした。こころを遡行、逆行、いや、静寂で、成熟でも誰も文句を言わない。

 かなしんでいないかい?この世界で。

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