第23話 これ面白いから見て

「おい、お前なにやってんだよッ!!」


 前期末試験と前期終業式のあとの期間休み、俺は顔を真っ赤にして怒鳴どなった。

 俺は普段、声を荒げるということはめったにない。それは言うまでもなく、俺が温厚で善良で上品で格調高い人格者だからだが、この時ばかりはそうした紳士の仮面をはぎ取らざるをえなかった。


「へー、みーちゃもこういうの見るんだね。カワイイじゃん」


 この日、愛凛がまたぞろ家に遊びに来ていたのだが、こいつは俺がトイレに立っているすきに、PC内のフォルダをあさって、大切に保存していたエロ動画を開きやがった。


 まったく信じられん。


 世の中には、紳士協定というものがあるだろう。互いに約束しなくても、暗黙のうちにルールが存在したりするものだ。例えば人の家に遊びに来て、そのPCを使ってゲームをするなら、許可なくフォルダやファイル、ブラウザにアクセスしてはならない、というような。


 こいつにはそういうのが通用しない。

 というより、そういうルールがあると知っていて、あえて無視して好き勝手やっているきらいがある。


 どんだけたちが悪いんだよ。


 さすがに俺は怒り狂った。一方、愛凛は憎らしいくらいに冷静で、冷淡だ。


「お前、マジ勝手にいじんのはありえないだろ!」

「だって、デスクトップに【動画】ってタイトルのフォルダあったら、どんな動画かな、面白い動画あるかなって開きたくなるじゃん」

「いやだからって勝手にさぁ」

「すぐ目につくところに、これ見よがしに興味を引くような名前のフォルダを置いておく方が悪くない? 見られて困るなら、面倒でもフォルダにパスワードロックとかかけて保護しておいた方がいいよ。みーちゃだって、友達の家に遊びに行って、【これ面白いから見て】って書いてある箱があったら、開けて中をのぞいてみたくなるでしょ」

「【これ面白いから見て】なんて書いてないし、そこは常識としてつつしむもんだろ」

「ん、それが常識ってあなたの感想ですよね?」

「感想っていうか……そういうのはお互いに友達なら当然守るべきルールだし、守れなかったら非常識だよ」

「なんかそういうデータあるんですか?」

「データ以前の問題なんだよ!」

「あぁ、そしたら私は非常識ってことね。じゃあもう私にPC使わせてくれないの? ズッ友も解消?」

「いやいや、別にそんなことは言ってないよ」

「じゃあどうすればいいの?」

「……以後、気をつけるように」

「はぁい」


 彼女はたまに、めんどくさい論戦をふっかけて、言い負かしたり丸め込んで、最終的に俺に従属を迫ることがある。


 今回もそうだ。


 にこにこ顔でかわいく返事をしておきながら、彼女はフォルダ内を漁るのをやめない。


「これ、アイコンとタイトルの一覧見てるだけで草なんだけど」

「だから、もう見ないでよ」

「えーいいじゃん。私、男の兄弟もいないしさ、今日だけ今日だけ。なになに、【いじめっJKのくい〇ち騎〇位〇出し】?」

「ちょ、ちょっと、恥ずかしいから読み上げるなよ」

「最終アクセス日時は……あははっ、おととい見たばっかじゃん! これお気に入りなんだぁ。見てみよっと」

「お、おい!」


 俺の制止も聞かず、愛凛はやりたい放題だ。


 ただ、俺も本気で止めようとはしなかった。

 むしろこのまま見せたらどうなるのかという好奇心が強い。

 もしかしたら、ムラムラして、その気になってしまうかもしれない。

 そうなったら、俺も男として受けて立たねばならないだろうか。


 俺のことなどお構いなしに、愛凛は動画に興味津々しんしんだ。


「この女優さん、JK役だけどたぶん30は余裕で超えてるよね。童顔で、清潔感あって、雰囲気出すのも上手で、めちゃくちゃきれいな人」

「あの、もういいでしょ」

「なんでぇ、まだなにも始まってないじゃん」


 そう言って、愛凛はそのシーンが終わるまでたっぷり20分以上、一度も画面から目を離さなかった。

 エロ動画って、そんなに真剣に、丹念に見るものなのか?


 放置される俺の身にもなってくれ。


「ふーん、ありがと、見せてくれて。この人ほんときれい。それに楽しそう」

「あぁ、まぁ確かに楽しそうだね」

「こういう仕事、楽しんでやってて、少なくともそう見せられるって素敵だよね」

「うん、そうかも」

「でさぁ、みーちゃの再生リスト見てると、ほとんど痴女モノだよね。痴女られたい願望があるの?」

「ほっといてくれ……」

「ねぇね、このだいしゅきホールドってなに?」

「……口で説明するのは難しい」

「じゃあ、私と実演して」

「……!? いやいやいや、無理無理、それは絶対に無理!!」

「……そう、つまんなぁい」

「ゲーム、ゲーム、ゲームに戻ろう!」

「はぁい」


 危ない危ない。

 そんなことになったら、けしからんどころの騒ぎじゃなくなるぞ、ほんとに。

 確かにエロに対してはほとばしるほどに興味と欲求が向いてはいるが。


 こいつは俺の友達だ。それも、俺の人生になくてはならないくらいに大切な友達だ。

 それはほかの一軍女子とつないでくれたり、自分磨きを支援してくれたり、そのほかさまざまな便宜べんぎを図ってくれているという利害関係の面もあるが、それ以上に俺の心の支えなんだ。

 信頼しているし、尊敬もしている。


 つまり、単に性欲のはけ口として、あるいは性的な好奇心を満たすための道具のような扱いではなくて、もっと神聖で高貴な存在として、俺は彼女を見ている。


 だからだ、もし彼女と今のようなズッ友の関係性を超えて、エロの領域に入ることがあるとするなら、それはハプニングではなくて、男と女として愛し合う決意と覚悟がないとダメだ。

 彼女は俺にとって大切な人で、すなわちエロよりもずっと大切なんだ。


 どうだ、素晴らしい友情だろう。


 さて、俺は学校の授業に部活、自分磨きにゲームと、色々と忙しい。

 いい加減、いかがわしいことばかりにうつつを抜かしてもいられない。


 決心した。

 エロをち、自分を鍛錬たんれんする。


「後期始業式のあとはすぐにスポーツ大会か……」


 スポーツ大会は、ほかの学校でいうところの体育祭だ。


 あれ、あれあれあれ?


 なんだよ、またふともも天国かよ。

 まったく、どこまで俺を誘惑するというんだ。


 実にけしからん。

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