第22話 ギャルと行く文化祭

 文化祭2日目の朝、予告通り、愛凛は遠藤さんを連れてTCAのもよおしに顔を見せた。


「みーちゃ、おつおつ。ズッ友が遊びに来たよーっ」


 間延びするような挨拶とともに部屋に入ってきた彼女に、TCAメンバーや居合わせた来客ら全員の視線が集中した。

 茶色の肩出しのニットに黒のタイトミニ、黒のショートブーツ、頭にはキャメルのマリンキャップを合わせて、この日もオシャレなセクシーギャルだ。


 どうも、こいつ俺氏のズッ友っす。


「ラブリー、みーちゃとズッ友なの?」


 遠藤さんが今にも腹を抱えて笑い出しそうな調子で尋ねた。笑い上戸で、いつも明るく華やかな笑い声を上げる彼女は、愛凛と組むとそれだけで楽しくなってしまうらしい。

 笑いに敏感でリアクションの派手な遠藤さんの前では、愛凛はいつもよりさらに悪ノリしがちだ。


「そう、ズッ友。お、おで、ラブリーとずっと友達がいいー、ひぐっ、ひぐっ、て泣きながらお願いしてきたからさ」

「あっははっ、なにそれヤバい。もっと真似してよ」

「お、おで、みーちゃ。き、キムチが好きだから、弁当にいでたら、クラスのみんなに嫌われちゃった。たでちな行って、かくれんぼと、きもだめじ、じだ。朝、鼻血だじて、みんなに笑われた。お、おで、ラブリーとずっと友達がいいー、ひぐっ、ひぐっ」


 すとん、と遠藤さんは膝から崩れ落ち、よく整った顔をくしゃくしゃにしてころころと笑い転げた。


 お前ら、なにしに来た。

 俺を笑いものにするために来たのか。


 ひとしきり俺をイジったあと、彼女らはTCAで自作したインベーダーゲームを体験した。


 少しきてきた頃合い、


「ね、みーちゃはここの当番、何時まで?」

「12時までだよ」

「じゃあさ、午後どっか遊びに行こうよ。姫も、みーちゃと一緒でいいよね?」

「うん、もちもち。私、2年2組の水鉄砲サバゲー行ってみたい」

「私はスーケン(数学研究同好会)と、美術部のぞいてみたいな。みーちゃは、行きたいとこある?」

「あー……じゃあ俺は、ダンス部のふとももと、弓道部のうなじが見たいな」


 と危うく言いかけ、俺はかろうじて部の名前だけを口にした。

 まったく、俺が高杉じゃなくてエロ過ぎだというのがみんなにバレちゃうとこだったよ。


 ちょうどその時。

 よちよちと迷い込むような頼りない足取りで、教室に6歳くらいの少女が入ってきた。

 誰か、探しているようだ。


「どうしたの? 誰か探してるのー?」


 聞いたことのないような優しく穏やかな声で、愛凛が聞いた。


「お兄ちゃん」

「お兄ちゃん探してるの? あなたのお名前は?」

「こんのあゆな」


 受け答えのしっかりした、素直そうな子だ。

 俺と愛凛と遠藤さんは顔を見合わせた。こんの、という苗字みょうじは、俺たちのクラスにも、このTCAにもいない。在校生の妹なのだろうか。


「お兄ちゃんと、はぐれちゃったの?」

「うん」

「私、委員会に言って、放送かけてもらうね」


 遠藤さんが、小走りに教室を出ていく。


「よし、じゃああゆなちゃん、お姉ちゃんとゲームしよ。得意なゲームある?」

「しりとり」

「しりとり、お姉ちゃんも得意だよ! じゃあ3人でやろうね!」

「えっ、俺も?」

「当たり前じゃん。このお兄ちゃん、しりとり弱いから、一緒にやっつけよう! じゃあ最初は、しりとりのり!」

「りす」

「す……す……スリ」

「みーちゃ、ちょっと」

「あぁ、ごめんごめん。す……だから、スナイパーライフル」

「おい」

「いや、ちょっと待った。す……スカート」

「トマト!」

「トンビ」

「び……美少女」

「ヨット!」

「トースト」

「と……と……床上手とこじょうず

「おい、このエロヲタ!」

「わ、ごめんごめん!」


 俺はルール上はなんら問題ないにもかかわらず、愛凛に激しいデコピンを食らって、たまらず退散した。エロとバイオレンスを封じられたら、それは不利だ。

 ずるい。


 愛凛はそのあとも終始、とびきりの笑顔を浮かべて、少女の相手をした。

 その横顔が気になって、俺は思わず見惚みとれてしまう。


 愛凛は決して愛嬌を振りまくタイプではなく、どちらかというと笑顔の少ない女だが、笑うと普段のクールな表情とのギャップもあいまって、とても魅力的に映る。

 迷子になった子どもに対する面倒見のよさも意外だった。


 根は優しくて、愛情が豊かなんだよな。


 校内アナウンスのあと、すぐに上級生が迎えに来て、少女は手を振り去っていった。


「私、一人っ子で兄弟いないからさ。あんなかわいい妹いたら、うらやましくなっちゃう」

「俺は兄がいるけど、一人っ子ってさびしい?」

「家ではたいてい一人だからね。でも、それが普通だと、さびしいなんて思わないかな。ただ、うらやましいだけ」


 愛凛も、さびしいと思うことがあるのだろうか。


 俺にとって、愛凛はいつも強いイメージがある。ただ、以前に聞いた前の彼氏の話では、つらくて苦しい思いをしたと話してくれた。

 さびしくなることも、あるのかもしれない。


 そのあと、遠藤さんを含めた3人で、スーケン、美術部と渡り歩いた。

 愛凛は数学が得意で、科目別の成績では学年全体でも最上位に食い込むほどだ。彼女いわく、数学とは美しいものらしい。自分は美しいものにかれる、と。

 確かに、彼女と彼女の周囲は常に美しいものであふれている。例えばそれは。


 赤い口紅。

 きりっとした、強さのある瞳。

 ミニスカート。

 少し低めの、落ち着きのある声。

 甘い香りのフレグランスシャンプー。

 短く整えた、光沢の豊かな黒髪。

 シンプルなシルバーの指輪。


 どれも、美しい。

 きっと、美しくありたいし、美しいものに囲まれたいんだろう。


 美術部を見学したあとの水鉄砲サバゲーでは、俺は愛凛と遠藤さんにクロスを組まれ、左右から同時に銃撃されて、散々にやられた。

 ゲームと違って、実戦では思うように体が動かない。

 くそ、お前ら、俺の戦場に来い!


 武道場に移動すると、ちょうどクラスメイトの鏡さんと赤沢さんが、弓道体験の指導のために顔を出していた。


「愛凛、ほたる、いらっしゃい」


 鏡さんはプリンスとあだ名されるように、中性的な美貌と爽やかな表情が特徴の弓道部員だ。あまり人と群れることがなく、孤高を保っている印象なのだが、きざでもぶっきらぼうでもない。一軍だとか二軍だとかを超越した特別枠のような立ち位置で、愛凛や遠藤さんをファーストネームで呼び捨てにするのも、知る限りウチのクラスでは彼女だけだ。


「プリンスー、遊びに来たよ。みーちゃがどうしてもプリンスに弓道を教えてほしいんだってさ」

「お、おい、そんなこと言ってねぇよ」

「恥ずかしがんなくたっていいじゃん、みんなで教わろうよ」


 まぁ、弓道部に行きたいと言ったのは確かに俺だが。


 俺は鏡さんの甘酸っぱい汗のにおいと濡れたうなじの美しさにうっとりしつつ、愛凛や遠藤さんとともに弓道体験の手ほどきを受けた。

 難しいが、けっこう面白い。


 最後は夕方からのダンス部の演目だ。


 それはもう、期待した以上の素晴らしいふとももパラダイスだった。

 特にお金を使わずとも、遠くに行かずとも、えちえちなふとももの躍動するさまをながめることができるというのは幸せなことだね。

 さてさて、どのふとももにしようか。


 しかし、楽しい時間はあっという間だ。


「文化祭終わったら次は期末試験だねー」

「あぁ、そっか、忘れてた」

「どうせダンス見るふりして、ふとももばっか見てたんでしょ」


 (なんで分かんだよ……)


 愛凛は勘が鋭い。

 俺は決心した。


 しばらく、エロは封印だ。

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