子どもの世界

三鹿ショート

子どもの世界

 私は、子どもが大好きだ。

 少しばかり力を込めて殴っただけで転がっていく弱々しい体躯や、未成熟ながらも快楽を得ることができるような身体など、魅力が詰まった存在だからだ。

 だが、一番の理由は、大人の世界において弱者である私が、容易に支配者と化すことができるということだった。

 私を見下している人間たちの子どもの泣き顔を見たときは、興奮して眠ることができなかった。

 しかし、悪事は露見する運命なのか、私は多くの大人たちに追われるようになってしまったのである。

 人気の無い場所へと逃亡していくうちに、私は山の奥地にて、崖から落下してしまった。

 罪人には当然の結果だろうと思いながら、瞑目した。


***


 だが、私は生きていた。

 目覚めた私が最初に見たものは、見知らぬ少女の姿だった。

 心配そうな表情を浮かべていた彼女は、私が覚醒したと知ると、喜びの色で顔を満たした。

「目が覚めたのですね。良かったです」

 彼女のその笑顔を目にしたとき、私は思わず生唾を飲み込んだ。

 私が頬を殴りつけ、未だに新たな生命を宿すことができないその身体を陵辱したとき、どのような反応を見せるのだろうか。

 しかし、私は即座に妄想を停止させた。

 一応は、命の恩人であるようだからだ。

 素直に感謝の言葉を告げておくべきだろう。

 その言葉を口にしてから、私はこの場所が何処なのかを尋ねた。

 彼女は背後に存在している扉を開きながら、

「此処は、子どもの世界です」

 どういう意味なのか、私には分からなかった。

 彼女に促されるまま外に出たところで、その意味を理解する。

 目にする人間が、全て子どもだったのだ。

 夢のような世界に、私は興奮を抑えることができなくなりそうだった。

 だが、一考したところ、不気味な世界でもある。

 子どもだけが存在するのならば、彼女たちは何処からやってきたのだろうか。

 まさか近隣の地域から子どもだけが集まって、自立の練習をするために共同生活をしているということは無いだろう。

 私がその疑問を口にすると、彼女は首を傾げた。

「気が付くと、私たちはこの場所で生きていましたが、それは異常なことなのでしょうか」

 彼女の様子は、虚言を吐いているわけではないようだった。

 まるで雑草のように、ある日突然顔を出すということなのだろうか。

 そのようなことは、あるわけがない。

 子どもが誕生するには、大人が必要不可欠である。

 何処かに必ず、大人が隠れているはずだ。

 そして、その大人に見つかってしまうと、私の立場が危うくなるに違いない。

 私の存在が何処まで広まっているかは不明だが、ここでも追われてしまう可能性が少しでも残っているのならば、用心しなければならない。

 だからこそ、大人の所在を確認しなければならないだろう。

 集落のようなこの場所を彼女に案内してもらいながら、私は大人の気配を探った。

 しかし、発見することができたのは、私好みの少年少女ばかりであった。

 危険を回避するためになんとか我慢していたが、彼女の案内が終了し、大人の姿が無いことを確認した瞬間、私は彼女に飛びかかった。

 彼女は私の行為の意味が分かっていないようだったが、やがてその身を激痛が襲い始めると、泣きわめいた。

 だが、それは私の興奮を強めるだけである。

 私は彼女の身体の隅々まで味わった。

 気が付けば、彼女は動かなくなっていた。

 仕方が無かったため、無反応の彼女の身体で楽しむことにした。

 想像していたよりも、良い感触だった。


***


 視線を感じたために目を開けると、そこには、埋めたはずの彼女が立っていた。

 土まみれの彼女は、私を指差しながら、

「最後の快楽は、充分に楽しむことができたのか」

 彼女から発せられているとは思えない低い声に、私は驚いた。

 言葉を失っている私に向かって、彼女は続ける。

「輝かしい未来が待っていた子どもたちを殺めた代償を払ってもらおう」

 彼女が指を鳴らすと、私は即座に異変を感じた。

 私の身体が、みるみるうちに縮んでいるのだ。

「一体、何をしたのだ」

 言葉を発して、私は自分で喫驚した。

 私の声が、まるで少年のようなものと化していたからだ。

 困惑する私に対して、彼女は微塵も態度を変化させず、

「この集落は、己の罪を味わわせるために誕生した場所なのだ。此処に住んでいる子どもたちは、少年少女を食い物にした罪人が姿を変えた者である。そして、全ての記憶を消失させ、罪人を招き入れては自身の罪を味わわせるのだ」

 つまり、私もまた子どもと化し、記憶を失った状態で、この身体を犯されるということなのだろうか。

 そのようなことは、耐えられるわけがない。

 私がどれだけのことをしたのか、それは私が一番分かっているのだ。

 私は彼女に頭を下げ、涙を流しながら懇願した。

「然るべき機関に自首をする。ゆえに、私の身体を元に戻してほしい」

 彼女は呆れたように溜息を吐くと、温度を感じさせない眼差しを向けながら、

「子どもたちが行為を停止するよう求めたとき、それを受け入れたか」

 その言葉に、私は固まった。

 同時に、強烈な睡魔に襲われ始めた。

 意識を失う中、彼女の言葉が聞こえてきた。

「全く、何時になればこの仕事が終わるのだろうか。人間は愚かだと聞いていたが、まさかこれほど長きにわたって仕事を続けることになるとは、想像もしていなかった」

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