第3話 いっけぇ!×もんすたぁ×ぼぉる!

 いまだかつて見たことがない、黒い炎。

 その向こうに見えた人影に、俺は親父殿の面影を見た。


 だが。


「チィッ!」


 親父殿の指先が躍る。闇色に輝く雷が、俺に向かってとびかかる。大地に呼びかけるジェラをもって対抗魔法とするが、親父殿が放った稲妻は、俺が呼び出した土壁すら駆け抜け、襲い掛かってくる。


スリサズ!」


 だから、雷の通り道に門を開き、ベクトルを180度転換して返還した。相殺させた雷同士が、激しい轟雷と稲光をまき散らし、発散する。


(強い)


 俺の記憶にある親父殿のイメージより、一発一発の魔法の威力が格段に上がっている。


「素晴らしい、この力、最高だ」


 巻き上がった白煙の向こうから声が聞こえる。

 煙が晴れていくほどに、輪郭が明瞭に澄んでいくほどに、その正体に迫っていく。

 その影は、灰色の外骨格をまとっている。


「貴君もそう思うだろう? なあ、ルーン使い」

「そうか、お前が」


 その男と、顔を合わせたのはこれが初めてだ。だが、俺は彼がだれかを知っている。


 革命軍に属しながら、しかし王国軍に利する内通者。


「ビルカル、と申します。以後、お見知りおきを」


 丁寧な言葉と裏腹に、ビルカルは尊大な態度で、明らかに俺たちを見下していた。

 だから、無礼には無礼で返すことにする。


「以後だと? 寝ぼけるな」


 今日ここが、お前の墓標だ。


ラグズ


 あいさつ代わりの一撃は、しかし届かなかった。


イサ


 親父殿の面影が残る、灰色の外骨格に、凍り付かされてしまったからだ。

 闇色に輝く氷が、俺の放った水流を押しとどめている。


「やれやれ、無礼は兄弟そろってですか。どうやら本物は、よほどロクデナシだったらしいですね」


 勇者を模した石像、人造勇者の陰に隠れ、ビルカルが嘲笑の声を上げる。

 言ってろ。


「スリサ――」

「待って、お願い!」


 稲妻を走らせようとした俺を邪魔するように、小さな影がとびかかった。


(ナッツ⁉ なぜ邪魔をする!)


 魔法を中断し、振り払おうとするが彼女は力強く俺にしがみつき、その手を決して離さない。


「あの中に、シロウがいるの!」


 は?


「だから、お願い、やめて!」


 オーケイ、ちょっと待って、いったん落ち着こう。状況を整理しよう。


 ナッツ、ここで何があったか話してくれるか?


「関係ないね、あたしたちには!」


 コラー! ササリスー!

 人の話くらい聞けーっ!


照準ロック発射ファイヤ!」


 ヒアモリ! お前もか!


ダガズ


 キィン、と耳鳴りがして、親父殿を模した石像の周囲がゆがんだ。大気がねじれた。かと思えば、元あるべき姿に世界が戻ろうとするように、復元力を頼るように、捻じ曲げられた空間が、はじき出されるように膨張する。


「きゃあっ!」

「うぐッ」


 ササリスと、ヒアモリを、押し返した!

 さすがは人造勇者だ!

 いまだ、ナッツ!

 何があったかを教えてくれ。


「わたしたちがここについたのは、ほんの少し前」


 知ってる。そのちょっと前まで、一緒に磯部の洞窟にいたからな。俺たちよりちょっと前についたばかりっていうのは予想がつく。


「そこで目にしたのは、真っ赤な炎が燃える集落、煤ける家屋、襲撃者に立ち向かっていく無数のフサルク星の皆。そして、その中心で猛威を振るう、シロウの姿だった」


 そこも知ってる。

 だいたい予想通り。

 いいから、早く本題に入って。


「まさか、あんなことが起こるなんて……!」


 本題に入れって言ってるんだよ!


ケナズ

ユル


 ほらぁ!

 ナッツがちんたら話しているせいで、人造勇者が襲ってきたじゃないか!


(チッ、ユルのベクトル変換でも、そらすのが精一杯か!)


 本当は、そっくりそのまま押し返したかったんだが、人造勇者のルーン魔法の一発一発が強すぎる。


「なにがあった」


 はよ話せ! ナッツ!


  ◇  ◇  ◇


 これから話すのは、ほんの少し前の物語。


「ナッツ⁉ ラーミア⁉ どうしてここに!」


 シロウは目を丸くした後、誰に問い詰められたわけでもないのに、弁明を図りました。


「ち、違うんだ! これは、二人を、守るために!」


 今にも泣きだしそうな様子で、身振り手振り、「しかたがなかったんだ」と主張する彼の言葉は、とぎれとぎれだった。


 わずかに残ったフサルク星人たちが、決死の覚悟でシロウにとびかかるからだ。


「やめてくれ! 俺に、争う理由はもうないんだ!」

「貴様になくても、我らにはある!」

「肉体を滅ぼされた同胞の恨み、家屋を焼かれた我らの悲しみ、晴らさでおくべきかッ!」

「掛かれ! 大義は、我らにあり!」


 襲い掛かるフサルク星人たちの吶喊が反響する。シロウの表情が、さらに歪む。


「チクショウ、チクショウ、どうして」


 ぎりりと食いしばった歯は、彼の口内を真っ赤な、鉄分を豊富に含んだ粘液で満たした。血なまぐさい匂いが、内側から鼻腔をくすぐり、外界へと抜けていく。


「どうして、こんなことに!」


 彼の必死の叫びに答えたのは、彼が襲撃した集落に住むフサルク星人だった。


「それは、我々のセリフだッ! 外道め!」

「――ッ!」


 シロウの言葉にならない叫びが、天へと響いた。


「違う、俺は、こんなことを、望んだんじゃ」


 吐き出した言葉を追いやるように、ルージュの液が飛び出した。激痛と、焼けるような熱を感じて腹に手を当ててみれば、どろりとねばつく液があふれている。


「……ぇ?」


 濃密な予感が、シロウの脳裏をよぎる。

 死。

 一寸先も見通せない暗闇から、白い手が、彼の喉元へと迫る。


「――まあ、こんなところですかねぇ」


 シロウの耳元で、声がした。

 明朗で、快活で、しかしおぞ気がする邪悪な声だ。

 シロウはその声の主を知っている。


「ビルカル……!」


 彼の貫手が、シロウの腹に風穴を開けた。


「シロウ!」

「おおっと! そこを動かないでください。彼がどうなってもいいなら、話は別ですが」


 血染めの手で、ビルカルはシロウの髪をむんずと掴んだ。シロウが苦悶のうめき声をあげ、ナッツとラーミアはたたらを踏む。居合わせたフサルク星人たちは、状況が呑み込めずに困惑している。


「もう少し活躍してくれることを期待しましたが、致し方ありません。不足分のルーン核は、ルーン使い、あなたで補うとしましょう」

「なに、を」


 ビルカルが取り出したのは、ルーン核だ。

 ただし、少しイレギュラーな代物だ。


 彼が取り出したルーン核には、ルーンの紋章が刻まれていない。


 いや、より正確に言うならば、刻まれていないことこそがそのルーン最大の特徴だ。


 無銘だからこそ何者にでもなり、形を持たないからこそあらゆる姿に変化可能なワイルドカード。

 その名は、 ウィルド


 ビルカルはその、 ウィルドのルーン核をシロウに押し付け、彼自身のルーンであるベルカナを発動した。


「ぐあぁぁぁぁっ!」


 シロウが悲鳴を上げ、空白のルーン核が光り輝く。


「シロウ!」


 ナッツの声も、ラーミアの声も届かない。

 瞬く光が、シロウと彼女たちの世界を、二つに断絶する。


「くはははは」


 光がやんでも、世界はくらんだままだった。

 強烈な光に網膜を焼かれ、ナッツとラーミアは外界の情報をうまく取得できずにいる。


 だが、そもそも網膜が存在しないフサルク星人には、目がくらむという概念が存在しない。

 はっきりと外界を知覚し、予想通りの結末を掴んだビルカルが、歪な笑みを浮かべる。


「捕らえたぞ……ルーン使い!」


 彼の手に握られた ウィルドのルーン。

 小さな水晶球の中に、シロウは囚われの身として封じ込められてしまっていた。


  ◇  ◇  ◇

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