幕間

幕間×さすが×ヒロイン(夏)

 息せききって、駆ける二つの影がある。

 ナッツとラーミアだ。


「はぁ、はぁ……自分の目で確かめろって言っても、どこへ向かえばいいの」

「気づかないか、ナッツ。鉄に似た生臭い匂いが、風に運ばれている」

「え、本当?」

「ああ。私の想定が正しければ……」


 ラーミアが言いかけたところで、二人はちょうど小高い丘の、一番高いところに到着した。少し見晴らしのいい場所からあたりを見回せば、むせ返る様な惨憺たる光景が目の前に広がっている。


「うっ、ひどい、こんなこと、いったい誰が」


 ナッツが沈痛な面持ちでつぶやいた。ラーミアは、しばらく沈黙を貫いた。二人の間に静寂が流れる。


 ぱき。


 乾いた枝が荷重によって割れる音が響いて、二人の意識は自然、そちらへ向いた。視線を向けてみれば、どうしていままで気づかなかったのだろうと二人は疑問に思う。ほんの数メートル先に、鋭利な刃物を持った小柄なフサルク星人が忍び寄っていて、彼女たちの視線は互いに交差する。


「う、うわぁあぁぁぁぁぁっ!」

「きゃぁぁぁあぁぁっ⁉」

「下がれナッツ!」


 小枝を踏み抜き、音を立て、ナッツとラーミアに気付かれてしまったフサルク星人はパニックになった。大声をあげて、破れかぶれに突撃する。

 それを、間に割り込んだラーミアが、構えた金属盾で受け止め、防ぐ。


「我が名はラーミア・スケイラビリティ! クルセイダーの名において、この先は――」

「うああぁぁぁん! もうおしまいだぁ! ボクも殺されるんだぁぁぁ! 村のみんなと同じように殺されちゃうんだぁぁぁ!」

「あ、お、おい? えー、と」


 前口上をぶった切られたラーミアは面食らった様子で、ナッツと顔を見合った。

 二人は顔を傾げた。

 こういうときは、ナッツの出番である。

 なにせ、幼いころからシロウの面倒を見てきた、お姉さんとしての実績がある。


「大丈夫だよ。お姉さんたちは、そんなことしないよ?」


 ナッツが少し膝を曲げて優しく微笑みかけた。

 しかし、小柄なフサルク星人には逆効果だったようで、さらに大きな声で喚き散らす。


「嘘だぁぁぁぁ! お前たちはあいつと同じ宇宙人だろ! この星を侵略するつもりなんだ!」

「この星を侵略って……、違うよ。むしろわたしたちは、宇宙の平和を守るために」


 毒気を抜かれたラーミアは、盾を下ろし、ナッツと一緒になって小柄なフサルク星人に問いかけ始めた。


「一つ、聞かせてくれないか? お前たちの故郷を襲った宇宙人、というのは、もしや複数のルーンを使う、ボサボサ頭ではなかったか?」

「ど、どうしてそれを!」


 ラーミアは「やはりか」とつぶやいた。

 だが、続くフサルク星人の一言で、その予想が180度逆だったことに気付かされる。


「お前たち、やっぱりあの黄色い肌・・・・のやつの仲間だな!」

「な……っ⁉」


 聞き捨てならないことを聞いた。


「その反応、やっぱり――」


 驚愕したラーミアをなじるように、怒り顔でフサルク星人が声をあげるが、それを遮りラーミアが叫ぶ。


「いま、黄色い肌と言ったか⁉ 褐色ではなく⁉」

「わ、なんだよ!」


 鬼のような剣幕で迫られ、フサルク星人は尻込みした。

 ラーミアの呼気が、まるで灼熱をまとって燃えているように見える。


「見間違えではないのか!」

「ま、間違えるもんか! 黒い毛に黒い目玉! おまけに黄色い肌だった! みんなの仇を、見誤るもんか!」

「そん、な……」


 ふらふらと、ラーミアの足取りがおぼつかなくなる。あわててナッツが彼女を支え、ラーミアは礼を言う。


「ラ、ラーミア、これって」


 信じられない、信じたくない、という副音声が聞こえる声音でナッツが言う。


「おそらく、私も同じことを考えている」


 ナッツとラーミア。

 彼女たちは二人して、同じ結論にたどり着いた。


 あり得ない、と思いたい状況でも、二人が同じ答えを導出している以上、現状はそれが最ももっともらしい答えということになる。


「この惨劇の場を作ったのは――シロウだ」


 歯噛みするようにラーミアが言い、ナッツが顔を曇らせた。


「そんな、いったい、どうして」

「わからない。だが、そうとしか考えられない」


 そして、そう考えるなら、磯部の洞窟でクロウが彼女たちに忠告していた言葉の意味も理解できる。


 ――人に尋ねる前に自分の目で確かめろ。その足を動かせ。

 ――貴様らには、やるべきこと、成すべきことがあるはずだ。


「クロウは知っていたんだ。シロウが、この悲劇を生み出す乱心の状況にあることを。それを私たちに止めろと、そう忠告していたんだ」

「……」

「ナッツ? どうした」

「ううん」


 ナッツは「なんでもないよ」と平静を装ったが、数々の危機をともに駆け抜けてきたラーミアにはわかった。ナッツが、何か思いのたけを胸の内にしまったことを。

 それが何か、確信は持てなかったが、推測し、ラーミアなりの言葉で励ます。


「幼馴染が、悪事に加担したと聞いてショックを受けているのはわかる。だが、だからこそ、私たちがシロウを誤った道から引き戻――」

「ううん。違うよ、違うの。そうじゃないの」


 ナッツが思案を巡らせていたのは、いまのことだけではない。これまでのことも、全部含めてだ。


「たぶん、いい人なんだよ、クロウって」

「クロウが?」

「うん」


 いままでも、その予感はあった。


「何を根拠に」

「冒険者試験でリザードマンに襲われた時も、ドワーフの町で嵐に巻き込まれた時も、助けてくれたのは彼だったもん」

「それは……そうだな」


 ラーミアは少し考えたが、否定のしようがない事実としてその根拠を受け入れた。ナッツは「それだけじゃないよ」と付け加える。


「今回の件だってそう。彼ならシロウを止められる」


 クロウがシロウより強いのは、何度となく向かい合ってきた彼女たちはよく知っている。


「でも、そうしなかった」


 どうして。それを考えれば、答えはおのずと見えてくる。


(たぶん、暴走したシロウを止めるには、殺す以外の方法がないから)


 シロウは、頑固だ。意地っ張りだ。

 一度こうと決めたら、そう簡単に自分を曲げない。

 何度倒されても、シロウは命が続く限り立ち上がる。

 そんな彼をクロウが止めようとするのなら、すべての未来が命の奪い合いに帰結するだろう。


「それを、良しとしなかった」


 殺したくないのだ、本当は。

 そのことに、ナッツだけが気付いた。


(優しい人、だよなぁ)


 ぽわぽわと、そんなことを思った。


 ぺちぺちと頬を叩き、気合を入れ直す。


(頑張らないと!)


 ナッツだけが、クロウの意図を、おおよそ正しく把握している。

 自分の両肩に乗せられた期待がなんなのかを、はっきりと自覚している。


 両脇をしめて、ナッツは小さくガッツポーズを取った。


「がんばるぞ」


 応えてみせるんだ、あの人の期待に。


 ナッツは決意を新たにした。



*あとがき*


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