第18話 大変なものを×盗んで×いきました

「行け」


 いまだ混乱気味のラーミアとナッツに声をかける。


「なんだと、どういうつもりだ」


 ラーミアはいぶかしげだ。眉間に力を入れ、眉を寄せ、鋭い視線を俺に向けてくる。


「貴様らには、やるべきこと、成すべきことがあるはずだ」

「何を言っている」


 ん? あ、あれ? ラーミアさん?

 そこは、「くっ、礼は言っておく」とか言って、きびきびとシロウのもとへ駆けつけるところじゃないんですか? それでもって人質解放を知ったシロウが王国軍スパイと手を切る展開じゃないんですか?


(あ、し、しまった! 知らないのか。ラーミアたちは、シロウが王国軍に都合のいい駒扱いされていることを!)


 まあそりゃそうか、そうだよな。その可能性も十分あるよな。つまり、時系列を整理するとこう。

 シロウ一行、フサルク星人と合流。反乱軍を名乗る彼らにのこのことついて行った三人は、シロウを残してとらえられてしまう。その後、反乱軍はかりそめの姿で実は王国軍だということを一人聞かされたシロウは、ナッツとラーミアを救うために王国軍に従うようになる。

 つまり、シロウが命令を聞かされた時点で彼女たちはすでに囚われの身で、彼らが実は反乱軍ですらないと聞かされてすらいないのだ。


「愚昧な」


 短く、吐き捨てる。

 かっけー、いまの俺、最高に輝いてね?


「俺の故郷にはこんな言葉がある。『百聞は一見に如かず。されども百見は一行に如かず』」

「師匠師匠、あたしその言葉知らない」


 ええい! 茶々を入れるな!

 いま、俺のカッコいいターンだっただろうが!


「人に尋ねる前に自分の目で確かめろ。その足を動かせ」


 よし、ミッションコンプリートだな。

 これでナッツとラーミアがシロウのもとへ駆けつけ、世界は原作を再びなぞり始めるはず。

 たぶん。




 ナッツとラーミアを見送って、俺は少し、洞窟内を見て回っていた。目的は主に、ジェライスクの作った石像の鑑賞だ。


 芸術は知識がないと楽しめないものだと思っていたが、これが存外楽しい。


 俺が思うに、ジェライスクの作品は単に芸術としての側面だけではなく、デザインとしての側面も持っているのだと思う。ここでいう芸術とは知っている人が良さをわかるもので、デザインとは何も知らない人が見ても内容がわかるもののことだ。


(むむ、すごいな)


 中でも多かったのは、合成獣に分類されるであろう空想上の生き物を模した石像の群だ。これが、強そうに見せるにはなかなか難しい。

 たとえば、ライオンを見せておけば見た側の人間には強そう、という印象を与えられるはずだ。だが、ライオンより強いという印象は与えられない。

 その点、ジェライスクは実に器用だった。ぬえのような恐ろしい化け物から昆虫人間にいたるまで、ありとあらゆるおぞましい化け物が並んでいる。


 こりゃ国お抱えの職人になるわけだわ。


(ん?)


 ショーウィンドウに並べられた石像を眺めていると、気づいた。


(ここ、一体分足りなくないか?)


 ずらりと並ぶ石像コレクションに、奇妙なスペースが空いている。

 なんだろう、このスペース。


「ジェライスクはどこだ」

「えぇと」


 フロスヴィンダが言いづらそうに視線をそらした。ヒアモリはフロスヴィンダがそらした視線と真逆を指さした。その、指が示す先を目で追うと、そこに石像職人、ジェライスクがいるのを確認できる。


「作り直し! こんなんじゃ師匠の魅力が一割も伝わらないでしょ!」

「は、はひぃ」

「いい? ジェライスク。この石像はこの星の全住民に偶像としていきわたらせるの。あなたの働き如何で、この星の人々が師匠の素晴らしさを理解する未来がいつになるかが決まることを理解するように!」

「は、はひぃ」


 ササリスゥ! お前、何をやっている!


(チクショウ! ちょっと目を外すとすぐこれだよ!)


 そしてジェライスク! お前も言われるがままにされてるんじゃねえ! ちょっとは抗え!


「ジェライスク、ちょっと来い」

「は、はひぃ」


 ええい、情けない返事をするな!


「ここにあるスペースはなんだ?」


 俺はさっき、疑問に思った場所へとジェライスクを引っ張り出して、問いただした。

 すると彼は目をまんまるにして、狼狽し始めた。


「な、無い⁉」


 キョロキョロとあたりを見回すが、ジェライスクの動揺は大きくなっていくばかりだ。


「そんな、まさか、いやしかし、そうとしか」

「何をぶつぶつ言っている」


 灰色の外骨格に宿るフサルク星人の例にもれず、彼もまた、灰色の面皮で顔を作っていて、そこに血色という概念は存在しない。

 だがこの時ばかりは、彼の顔色が真っ青になったと、どうしてか思った。


「無くなっているのです」


 震える声で、彼は言う。


「そうか。誰が盗み出したか、心当たりはあるか?」

「おそらく、ビルカルかと」


 やはりな。原作でもスパイだったやつだな。


「くっ、やつは何を考えている! あれは試作段階で、到底実践投入に耐えられるものではない!」

「何を盗んだんだ」

「やつが、盗んだものは」


 ジェライスクは口を少し震わせて、絞り出すように答えた。


「複数のルーン核を埋め込むことで、疑似的なルーン使いを作り出す――人造勇者像です」


 ほーん、なんか強そうやんけ……ん?


 人造勇者像。

 つまり、俺の親父殿――それも若いころの姿――を模した像。


 するってえとあれかい?

 シロウとうり二つの容姿をしてるってえのかい?

 そのうえ、ルーン魔法を使えるってえのかい?


(俺とキャラまる被りじゃねえか!)


 しかも、俺が「そんなことあり得るわけないよな、ハハハ」と笑っていた人工的なルーン使いのパターン!

 許せねえ! 許せねえよ!


「きゃっ⁉」

「ク、クロウさん?」


 ヒアモリがおっかなびっくり声を上げ、フロスヴィンダが恐る恐る俺の名を呼んだ。


 ただ、高濃度の魔力を放出しただけなんだがな。


「ふざけた真似をしてくれる」


 シロウの対極キャラとして立ちはだかるのは俺だ。

 その役割は、何人にも譲りはしない。


「俺の怒りに触れたことを、後悔させてやる」


 先ずはそいつを壊すところから始めるとしよう。


 七章 先従壊始 終了

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