第16話 先ず×『壊』従り×始めよ

 大地の紋章を持つフサルク星人ジェライスク。

 かつて勇者、つまり俺の親父殿が死闘の果てに倒したという魔王を模した像に憑依した彼はしかし、俺の前では吹けば消える火にすぎなかった。


「ガ……ぁ」


 一撃。ただ一度振りぬかれただけの俺の拳。

 その一撃で、ジェライスクが憑依している魔王の肉体は木っ端みじんに砕け散った。

 欠損部位がぶよぶよと肉体の復元を試みているが、どうにもエネルギー不足感が否めない。

 再生は遅々として進まない。


「どうした、自慢の肉体は。狭小なる者に教えるんじゃなかったのか、魔王の恐ろしさというやつを」

「グアァァアアァァァッ!」


 そして、再生しかけている部位から順に、俺は追撃を加えていった。

 肉体が滅びないようにと再生を試みるたび、肉体を破壊される苦痛がジェライスクへと返っていく。

 断末魔のような叫びが、木霊のように繰り返し響いている。


「も、もう」


 ジェライスクが音を上げるのは、それから間もなくのことだった。


「終わりにしてくれ、一思いに」


 魔王が持つ驚異的な再生力さえ模倣していたはずの彫像は、もはやその特性をほとんど発揮できていなかった。

 水面に顔を出した泡沫がはかなく散るのと同じように、欠損部位が膨張と破裂を繰り返している。


「我が夢は砕けた、この、魔王を模した肉体とともに」


 彼は続ける。

 かつて、勇者と魔王の戦いを目撃した彼は、最強という概念に憧れた。

 それを追い求め、彫刻師としての絶頂にあった人生を捨て、ただひたすら魔王の肉体の作成に没頭したと。

 理想と現実の違いに大きな隔絶を覚え、絶望という死に至る病を抱きながらも、夢を追うという原動力だけを頼りに生きてきた、と。


 そして、その一握の希望すら、失ったと。


「もはや生きる意味など無い。未練も無い。最後に求めるものがあるとするなら――」


 どす黒く、濁った、妄執にとらわれた瞳。

 ジェライスクの双眸が、ぎょろりと俺をのぞき込んでいた。


「せめて、最強のルーン使いの手で、我が生涯に幕引きを与えてくれ……っ!」




 フロスヴィンダが、何かを叫んだ。


 俺の耳は音としてだけ、彼女の声を認識していた。

 もはや言葉としての認識はそこに存在しなかった。


「そうだな」


 ジェライスク。

 俺もお前も、最強という存在にひかれた者同士だから、わかることがある。

 お前が囚われている絶望の大きさも、目指す理想とのギャップに感じる懊悩も、俺は知っている。


 だが、貴様とシンパシーを感じることは、絶対にない。


「魔王を模した程度の力で満足するから、貴様は本当の最強になれなかったんだ」


 俺はお前とは違う。


 俺は超えていく。

 原作主人公も親父殿も。

 あらゆる最強を超越して、絶対的強者として必ず君臨し続ける。


「他人と同じ強さで満足する、その器の小ささが、貴様の敗因だ」


 重心を落とし、足に力を籠める。

 負荷を掛けられた足裏が、地を蹴り出す瞬間を、いまかいまかと待ちわびている。

 その状態のまま、俺の指先は、俺のくるぶしにウルズのルーンを刻み付ける。


 この文字が意味するところは、力。


「その身に刻め」


 そして思い知れ。

 貴様の憧れた最強がいかなるものかを。


「――」


 魔王像に受肉したジェライスクを粉砕して有り余る威力の一撃が、残光を帯びて蹴り出される。




 だが、その蹴りが彼に激突する寸前、妨害が入った。

 俺と彼の間に立ちはだかるように、頑丈な石柱がせりあがり、ウルズの紋章によって散弾銃のように蹴り砕かれる。


 緩衝材としての石柱が出現してなお、ウルズをまとった蹴りの威力は大きかったが、それはジェライスクの肉体を完全に滅ぼすには及ばなかった。


「我は、なぜ」


 一連の攻防で、最も驚いていたのはジェライスクだった。


 今回、石柱を呼び出したのは彼のルーンだ。

 証拠として、彼の眼前には大地を意味するジェラの紋章が浮かんでいる。


「もう、終わったことなのに」


 ジェライスクは終わりにしてくれと俺に頼んだ。

 俺はそれに応えようとした。


 だが、彼の本心は、それを望みはしなかった。


「それは違います、ジェライスクさん」


 彼に声をかけたのはフロスヴィンダだ。


「あなたの人生は終わってなどいません」


 彼女は言う。


「あなたがかつて憧れた最強の象徴は、今日この日、確かに砕けたのでしょう。ですが、あなたは新たに、出会ったんです。次の時代の、最強に」

「……ぁ」


 ジェライスクが顔を俺に向け、俺の瞳を彼の瞳がまっすぐ見つめている。


「道は途絶えてなどいません。新たな道が開けただけなのです」

「新たな、道が」

「ええ。こんな故事成語があるそうです。かいり始めよ」


 ん?

 いま、俺の勘違いじゃなければ、かいって言わなかったか?


 違うぞ、フロスヴィンダ。

 かいだからな?

 壊すところからすべては始まるなんて、誰も教えてないからな?


「ですから」


 そんな俺の思いは届かず、フロスヴィンダは一度言葉を止め、柔らかにほほ笑んだ。

 ましてそれを知る由もないジェライスクは、フロスヴィンダが見せた光景に驚愕していた。


「その、ルーンは……! お前、いや、あなた様はまさか!」


 彼女の頭上に、王族であることを示すフェフのルーンが輝いていたからだ。


「フロスヴィンダ、王女殿下……っ⁉」

「いいえ。より正確に表現するのなら、いまの私はただのフロスヴィンダ。革命を志す一員のフロスヴィンダ」


 視界の隅で、ちらちらとササリスの姿が映る。

 雪を見た犬みたいにはしゃぎまわっている。


 ササリスのやつ、なにしてるのかと思ったらフェフのルーンで鉱石化した壁を掘り起こしてやがる。


 あの、ササリス、さん?

 ちょっと、いまシリアスな空気なの読んでくれませんかね。

 せっかくいい雰囲気なんで、そのまま進めてもらえますか?


「ジェライスクさん。もしよければ、あなたのその秀でた力を、次の時代で発揮していただけませんか?」


 おお⁉

 フロスヴィンダ、まさかのササリスをスルー。

 そんな一手を放てる選手が、アルバス以外にいたなんて……!

 こいつは驚いたな。

 うーん。

 やはり王たるもの、ササリスの奇行程度、スルーできるだけの器が必要なのかもしれない。

 勉強になるなぁ。


「く、はは。魔王に魅入られ、挙句がこのザマの我を求めるか」

「はい。私には、あなたの力もまた必要です」

「ずいぶんお転婆なお姫様だ」


 ジェライスクは小さくため息をついて、天井を仰ぐように倒れ伏した。


 それから、ぼろぼろになった魔王像からルーン核を取り出し、元の肉体へとジェライスクは戻った。


「まあ、そうだな。あんたが本当に革命を成功させるなら、あんたについて行くのも悪かねえ」

「ジェライスクさん……」

「あんたに、国王を止められるかな」


 挑発するように、ジェライスクがフロスヴィンダに問いかける。


「止めてみせます。必ず」


 彼女が決意を改めて固めてみせると、ジェライスクは満足げに笑みをこぼした。


「そうか、期待している」


 お、おお……⁉


 すごいな、フロスヴィンダ!


 ササリスが周囲ではしゃいでいるにもかかわらず、ギャグ時空に流されることなくシリアスで場を納めやがった……ッ!


(これが、統治者としての才覚……ッ!)


 やべえな。ますますほしくなってくるな。

 俺のナンバーツーポジで味方の士気を高める役とかやってほしい。


 いやー、いいもの見られたなぁ。

 満足したし、そろそろ【覇王】の文字は解除するか。


 ちなみに、この【覇王】に ウィルドのような特殊な効果はない。

 しいて言うなら、強制的にゾーン状態に入るだけの意識的なスイッチだ。

  ウィルドと違って、文字魔法の制約をぶち破ったりせず、ポテンシャルを限界まで発揮するだけなので反動も無し。

 すごくクリーンな必殺技なのである。


「ありがとうございます、クロウさん」


 フロスヴィンダが俺に頭を下げた。


 ん?

 俺?

 今回の件はフロスヴィンダの手柄だと思うぞ。

 俺はとくに何もしてなかったと思うが。


「私はクロウさんが蹴りを放った時、彼に引導を渡すのだと思い違いをしてしまいました」


 そのつもりだったけ……ダメだこいつ、話聞く気配がない。

 めっちゃ目をキラキラさせてる。


「ですが、違ったのですね。クロウさんは、彼が本心では生きたいと思っているとわかっていた。それを、わざと境地に追い込んで彼自身に気付かせようとしていたのですね!」


 違うぞ?


「ええ、そうでしょうそうでしょう。クロウさんは自らの手柄を誇示しようとはしないでしょう。ですが私にはわかります。何と言っても私、人を見る目には自信があるので!」


 その冠は返還しておけ。


 大丈夫かな、なんか不安になってきたぞ?

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