第15話 お披露目×【覇王】×モード
むなしい勝利だ。
肉体の切り替え前にササリスの糸で捕縛されてしまったフサルク星人のみじめな姿を見ながら、そう思った。
お前のせいで台無しだよ、俺のかっこいいプランが。
コツン、と甲高い音が洞窟内に鳴り響いて、
はねて、もう一度地面に触れて、そのままどぷりと、地中に埋まった。
「あ」
ササリスが声を漏らした。
つい一瞬前まで張り詰めていたササリスの糸が、しなしなとたゆんでいく。
(ルーン核を土中に潜らせて、ササリスの拘束から逃げ出したのか⁉)
思い返せばルーンガルドだって、ルーン核を水そのものに変化させられた。
大地を意味するルーンを持つ
(濾過と同じ原理だ。ルーン核だけを土中に潜らせ、ササリスの糸は異物として地面というフィルターで取り除いたんだ)
そして地に足をついた魔王像。
土中にもぐりこんでいる
来るぞ!
「ふはは、惜しかったな。あと一歩で、我がこの魔王像に受肉するのを防げたものを」
点睛。
鈍色だった魔王像の瞳に生命力が宿る。
ただの石塊だった彫像が、まるで生きているかのように動き出す。
否、生きているかのように、ではない。
「我が名は
まさしく魂が宿ったのだ、この瞬間。
「
魔王の再現個体としてこの時代に、顕現したのだ。
「狭小なる者どもよ、その身で思い知れ! そして、魔王の力の恐ろしさにひれ伏すがいい!」
ッ!
こいつ……!
(そうだよな! その図体を手に入れたものはそういう尊大な態度をとらないとだめだよな!)
お前の気持ちは、しかと受け止めた。
ならばこそ!
俺はお前の思いに、全身全霊で応えよ――
「えいや」
ササリスの先制攻撃!
お、お前ええぇぇ!
せっかく俺のかっこいいところを、持っていくな!
「効かぬわ!」
「ウソっ⁉」
⁉
防いだ⁉
防いだぞこの魔王像! ササリスの一撃を⁉
おおおお!
やるじゃないか!
「
し、しまった!
せっかくササリスの糸を防げても、それより威力の高いヒアモリの銃撃が二の矢三の矢として待ち構えてるんだった!
くっ、ここまでか……。
「どうした、この程度か」
「……っ」
お、おおおお⁉
ヒアモリの狙撃がぶち抜いた部分の欠損痕が、みるみるうちに再生していく!
こいつ、ヒアモリの襲撃にも耐えるのか!
やるじゃないか!
見直したぞ!
「ク、クロウさん!」
フロスヴィンダが顔色を青白くして叫んだ。
俺は内心でガッツポーズをとった。
(そう、これだよこれ!)
――思わぬところで現れた強敵!
――それに驚愕する
――頼られる絶対的実力者の俺。
この構図が欲しかったんだよ!
「問題ない」
俺はいま、無性に感動している。
「やつの底は、見切った」
魔王像に宿ったフサルク星人、ジェライスクが目を細めて、眉を寄せた。
「ほざけ、狭小なる者よ! 我は手にしたのだ、かつて我々に絶望を見せつけた魔王の肉体を! いまの我に敵う者がいるとすればただ一人勇者のみ!」
「勘違いするな」
俺はおもむろに手を前方に突き出した。
体の正中線上に展開した面を横切るように、右手の手のひらを俺側に向けて、左肩の高さの位置へ、静の動作で。
一転。
素早く手首を返し指先に青白い光を宿す。
「俺の文字魔法は、ルーン魔法を凌駕する」
描くはたった二つの文字。
「――【覇王】」
来い、少しだけ遊んでやる。
「ほざけぇぇぇぇぇぇ!」
俺の瞳がとらえたのは、大振りでこぶしを引き絞る魔王像に宿りしジェライスクの姿だ。
風を切り、異音をかき鳴らし、圧倒的な膂力にものを言わせて拳腕が迫りくる。
「クロウさん!」
フロスヴィンダの叫びが、ジェライスクの拳が生み出した衝撃波にかき消される。
地鳴りが響き、俺を起点に、放物線状の窪みが後方へと広がる。
だが。
「が、ああぁぁぁぁっ⁉」
悲鳴を上げたのは、ジェライスクの方だった。
「どうした、何を喚いている」
「っ」
指先に少し力を入れて、こぶしを握る予備動作を見せる。
それを察知して、ジェライスクが大げさに距離をとる。
半歩下がるだけで俺の間合いの外なのに。
やつは魔王像が持つ脚力の全力を振り絞り、思い切り後方へと飛びのいた。
甘い。
「っ、ついて、くるな!」
やつの重心の移動を見れば、どれだけの速度で後退しようとしているかは一目瞭然だった。
だから、それよりほんの少し速いスピードで肉薄し、もどかしいほど緩慢な相対速度を維持し、ジェライスクににじり寄る。
すでにやつは飛びのいた。
足は地を離れていて、さらなる加速の手段はない。
空中にいては回避も不能。
「来るな! 来るなぁ!」
俺が拳を固めたところで、ジェライスクが
奴の足元に地面が隆起する。
それを蹴り飛ばし、加速する魂胆が、手に取るようにわかる。
だからとっさに、拳を固めた方ではないもう一方の手で、一文字のルーンを描く。
「
その紋章が意味するところは、包容力。
硬い地面をけるつもりだったジェライスクの足はしかし、ぬかるみに足を取られたかのようにぬぷりと地面に沈み込む。
足が地面に縫い付けられて、しかし上体は慣性に従い、この期に及んで後退を続けようとしている。
自然、やつは姿勢を崩し、今度こそ完全に防御も回避も不能な隙を俺の前にさらす。
「なあ」
ジェライスクが恐怖にまみれた表情で「待て」と請う。
「逃げられないのは」
だが、やつの言葉にかまうつもりなど毛頭ない。
「魔王からだったか覇王からだったか」
どっちだと思う?
俺は拳を振りぬいた。
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