第14話 魔王×石像×贋作

 ヒアモリに案内してもらい、ナッツとラーミアが囚われている場所へと向かった。

 ここは、町はずれの沿岸部に位置する磯の洞窟。

 むせ返る様な潮の香りの中、しっとりとした空間を、静かに歩いていく。


 ここで大事なのは音を立てないことだ。

 だってそうだろう?


 最初から派手にドンパチやって、敵さんが敵襲だ敵襲だとやいのやいのしている状況より、襲われているという認識すらないまま壊滅に追い込まれている状況の方が、強者感を演出できる。

 そんな理由で、磯の洞窟の入り口付近にいた見張り番には、声を上げる暇すら与えずお眠りいただいた。

 俺くらいの実力者になればこんなことも可能なわけですね。


 あと静かに侵略するメリットについては、ついでにナッツとラーミアの生存率を上げられるという理由もある。すまんな、ついでで。


 いまのところ順調だ。

 みな、暗黙の了解のように沈黙を続けている。


「ねえねえ師匠師匠」


 ササリスお前さあ。

 ちょっとは静かにできないの?


 いや、何事も頭から疑ってかかるのはよくないな。

 ついさっきまで静かにできていたんだ。

 静かにする方がいいということはわかっていて、それでもなお伝えるべき重要な事実に気付いてしまった。

 そんな可能性もあるか。


 よし、聞いてみよう。

 ササリス、気づいたことは何でも教えてくれ。


「ピザって10回言って?」

「帰れ」


 そうだよな、お前はそういうやつだよな。

 ちょっとでも成長を期待した俺が間違いだった。


 ササリスは「師匠が冷たい」と言いながらヒアモリにターゲットを移した。

 ヒアモリはまじめに十回唱えて、ササリスがひじを指しながら問いかけた「ここは?」に対して「ひざ」と答えていた。かわいい。


「ん」


 ふいに、ヒアモリの表情が真剣になった。

 視線の先にあるのは岩壁だ。


 そこになにかあるのだろうかと目を凝らしてみるが、なにも見当たらない。


 何が見えるかと聞こうとして、口を閉じた。

 岩壁とヒアモリの間に広がる空間に手のひらをかざした彼女の周囲に、空間の揺らぎを認識できるほどの歪が生まれている。


 静寂が、辺りを満たした。

 遠く、かすかに聞こえていた潮の音も、洞窟内でうるさく感じていた俺たちの呼吸の音さえも掻き消えた。

 そんな気がした。


「敵兵捕獲」


 お、おう……。そうか。


「えらいぞ、ヒアモリ」

「ん。頑張りました」


 ヒアモリが頭をなでてと言わんばかりに頭を俺に差し出した。

 愛嬌があるのでなでなでしてあげる。

 かわいい。


 ササリスがヒアモリをまねして頭を差し出した。

 10回ゲームを提案した悪い子なのでデコピンで迎え撃つ。

 ササリスは悶絶した。


 さて、岩壁の向こうに隠れていたフサルク星人の伏兵たちを確認してみると、陸に打ち上げられた魚のようにぴくぴくしていた。

 ヒアモリ、というより牛鬼の操る電磁波を超高密度で受けたのが原因だと思われる。


 あれ?

 ヒアモリ、俺が初めて会った時よりめちゃくちゃ強くなってない?

 前からこんなことできたっけ?


「えー、みなさんが」


 トランス状態のフサルク星人たちに向かって、ササリスが幸福論を語り始めた。


「私たちに仕え、腐敗した国が生まれ変わることこそみなさんの幸せ」


 あ、これまずいやつだ。


「復唱してね」

『ぁ……あなた様がたに仕えることが、我々の、幸せ』

『腐敗した国を、壊し、新たな時代を切り開く』

『ひ、ひひっ』


 刷り込みってやつだ。

 フ、フロスヴィンダ、お前の愛すべき民が思考を捻じ曲げられているぞ。

 止めなくていいのか? よくないよな、な?


「すごいですササリスさん。武力ではなく話し合いで説得してしまうなんて!」


 おい。


「ふふん、そうでしょそうでしょ」


 ダメだこりゃ。


「よーし。じゃあキミ、この先に案内して」

『ハッ!』


 ササリスが適当なフサルク星人を指名して、洞窟を案内させた。


 洗脳……げふんげふん、説得されたフサルク星人はよくしゃべった。

 この洞窟の構造、人員配置、連絡体制。

 そしてその隙を縫うように、するすると洞窟の奥へと進んでいく。


「この奥です」

「うん、ありがと」

「光栄の極みでございます!」


 フサルク星人流の敬礼をして、彼は足早に去っていった。持ち場に帰るつもりだろう。




 引き返す彼とは反対側に歩き出す。

 人一人通れるくらいの細い通路を進んでいくと、ふいに、通路の両脇に空間が生まれた。

 まるで石像の陳列棚だ。


 手のひらサイズの石像から、目算で5メートルを超える代物まで、幅広い石像が並んでいる。


 奇妙なのは、この狭い場所へどうやって大きな石像を運び込んだのかという点だが、その答えには何となく見当がついた。


「やれやれ、今日は、騒がしいな」


 両脇に石像が並ぶ通路を抜けた先に待っていたのは、一人のフサルク星人だった。


「客の予定は、なかったはずなんだが」


 おもむろに立ち上がった彼に、俺は眉をひそめた。

 覇王のようなオーラはない。かといって、弱者のような気弱さも感じられない。

 無色透明な存在感。

 目に映っていても、気を抜けば認識から抜け落ちてしまう。

 そんな奇妙な感覚を抱く。


「貴様ら、何者だ?」


 フサルク星人は、表情を変えず、淡々と俺たちに問いかける。


「通りすがりだ。気にするな」

「そういうわけにはいかん。この先には誰も通さないと、誓いを立てておるゆえな」


 彼の頭上にルーンが輝く。

 小なり大なりのカッコをせん断したような紋章が意味するところは、大地。


「招かれざる客人にはお帰り願おう。ジェラ


 彼のルーンに呼応して、地面から巨大な石像がせりあがる。


 その姿を言葉にするなら、悪魔。


「あ、あれは、あの石像は!」


 知っているのか、フロスヴィンダ。


「かつてこの国を襲った魔王⁉ そんな、もう十数年も前にかの魔王は勇者によって滅ぼされたはずです!」

「くはは、そうだ。だから復元した。当時の記憶を頼りに、より高次元の存在に至る依り代を!」


 ジェラのルーンのフサルク星人の肉体から、ルーン核が飛び出した。


「まさか、魔王を模した石像に憑依する気⁉」


 おお、いい感じの流れじゃないか。


 これは、はまりましたわ、必勝パターン。

 魔王の肉体に宿ったフサルク星人を、しかしルーン魔法で俺が圧倒する展開ですね!

 たとえばこんな感じ。


  ◇  ◇  ◇


「ふはは、すばらしい、この力、最高だ!」


 魔王の肉体に宿ったフサルク星人が、誇示するように力をふるっている。

 だがそれは、思い上がりというもの。


「どこを見ている」

「何⁉」


 奴の懐にもぐりこんだ俺は、素早くルーンを描く。

 一本の縦棒が描くそれが意味するところは、氷、凍結、そして、停止。


イサ

「ぐ、が……ぁ⁉」


 フサルク星人は「なぜだ」と困惑している。


「ありえん! 魔王は、かつての勇者と三日三晩にわたる死闘を演じた圧倒的強者だぞ……!」

「知るか」


 凍てついていく魔王の像に対し、俺は悠々とウルズのルーンをその身に宿す。

 このルーンが意味するところは、純粋なる力。


「最強は、俺だ」


  ◇  ◇  ◇


 そして俺の放った一撃が魔王の肉体を粉砕する!

 かーっ、最高っすわ!

 これ以上ない実力者ムーブ。

 決まったな、ごっつぁんです!


 さあ蘇れ。

 そしてその身に刻むがいい。

 所詮は紛い物。本物の実力者相手には及ばないということを!


「えい」


 間の抜けた声が、洞窟に響いた。


 あの、ササリス、さん?

 なにしてるんですか?


「確保ーっ! やったー」


 ジェラのルーンのフサルク星人の肉体から飛び出したルーン核が、ササリスの糸にからめとられ、魔王の肉体に宿れずにいた。


 なんてことしてくれるんだ!

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