第6話 何の×ために×奪う

「師匠! こっちこっち!」


 結局、フロスヴィンダを連れていくことになった。

 俺の横を歩いているフロスヴィンダを横目に見る。

 細身の少女に宿った彼女が警戒心をむき出しにしていると、なんだか子猫を見ているような気分になる。


「クロウさん。あなたは、何を考えているのですか」


 フロスヴィンダが、小さな声でつぶやいた。

 聴力強化をしていなければ、隣にいる俺ですら聞き逃すほどの声量だ。

 まして少し先を歩いているササリスが聞き取れるわけもない。


「何が言いたい」

「勇者召喚に必要な陣の内、4つがあなたの手元にある。かつての勇者は両手を使い、二つのルーンを並行して操ったと言い伝えられています」


 少女のくりくりとした瞳が俺をのぞき込んだ。

 愛嬌の裏に潜む深淵が、天を舞う鷹が川を泳ぐ魚を狙いすますように、俺の本心を見透かそうとしている。


「あなたはすでに、勇者召喚の陣を発動する手札をそろえている」

「違うな。アンサズの文字は仲間に預けてある。3つしか持っていない」

「なおのこと。その仲間と合流を目指さないのはおかしいでしょう」


 フロスヴィンダは「もう一度聞きます」と口にして続けた。


「あなたは、何を考えているのですか」

「前にも言っただろう。フサルク星で着々と準備が進められているという願いを叶える装置、これを横からかっさらうことだ」

「それは手段であり目的ではございません。クロウさん、あなたの願いはいったいなんなのですか」

「あたしもそれ気になる」


 ん?

 なんかいまフロスヴィンダじゃないやつがいたな。


「ササリス、お前、いつの間にこっちに来てたんだ」

「いまだよ!」

「どこから聞いてた」

「『あなたは、何を考えているのですか』のあたりから!」


 あ、あぶねえ!


 いやな汗かいた!

 心臓が早鐘を打っている。


(俺がルーンをフロスヴィンダから回収してるって下りは聞かれてないんだな⁉ 聞いてないんだよな⁉)


 足音も立てずに気配を殺して近づくなよな。

 本気で心臓に悪いから。


「ちなみにねー、あたしは願いが叶うなら師匠と結婚するんだー」

「へ、平和的な使い方ですね」

「えへへ、でしょでしょ?」


 フロスヴィンダ、遠慮するな。

 はっきり言ってやれ。

 そんなくだらないことにフサルク星の叡智を使うなって。


「ところでさ、なんでこの子が願いを叶える装置のことを知っているの?」


 ……ん?


「それにさっきの師匠の言葉、『前にも言っただろう』っていつの話?」


 や、ばい。


(そうか、そうだよな! 俺がルーンを持ってることを聞かれてないからって安心したけど、その辺のやり取りはもろもろ聞かれてたんだよな⁉)


 再び嫌な汗が背中を冷やしていく。


「師匠」


 まずいですよ!

 俺が願いを叶える装置のことを聞き出してからいまに至るまで、そのアリバイのほとんどをササリスは把握している。

 少女の中身がフロスヴィンダと気づいてもおかしくない……。


「浮気はダメだよ⁉」

「は?」

「願いを叶える装置を使ってこの子と結婚するつもりでしょ! そんなの許さないんだからね!」

「まず願いを叶える装置のことを結婚するための機械って認識するのをやめろ」

「むぎゅ」


 ササリスの ほっぺは むにむにされている!▼


「ん、じゃあ、師匠は願いを叶える装置で、あたし以外の子と結婚する気はないってこと?」

「なんでお前と結婚する前提なの」

「わかった、そういうことなら、あたしは何も文句言わないよ」

「あれ? 話聞いてた?」


 たぶん聞いてないので、るんるんと鼻歌うたいながらまた前の方をスキップしていった。

 ちょっと心がくじけそう。


 願いが叶うなら、折れることの無い心を希望しようかな……。


 それシロウがデフォルトで持ってるやつ。

 くそ、こういうところでも標準スペックで劣るのかよ。


「あの……」


 ササリスの相手をするのに必死で意識から離れていたが、気づけばフロスヴィンダがまごまごと俺の様子をうかがっている。


「改めて、お伺いさせてください。クロウさん、あなたの目的は、いったいなんですか」

「知ってどうする。お前にできる唯一の対抗策は、俺に召喚陣を使わせないこと。そこに変わりは無いだろう」

「あります」


 フロスヴィンダがぐっと拳を握った。

 緊張が滲み、空気が張り詰めたように思えた。

 覚悟を決めたようにも見えた。


「私には、あなたたちが根っからの悪だとは、どうしても思えません」


 あ、れ?


「何を根拠に」

「私の正体に気付きながら、いまだに妖しい刀で支配しようとしない理由はなぜです」

「再使用に時間が掛かる刀なのかもな」

「ルーンを持っている仲間との合流を目指さず、召喚陣使用を先延ばしにする理由は」

「そう簡単に連絡のつかない仲間なのかもな」

「先ほどのやり取りがほのぼのしていた理由は」

「くっ、説明できねえ!」


 おのれササリスめ!

 またお前か! 俺の前に立ちはだかるのか!


「それだけではありません。ササリスさんは、見ず知らずの子どもにお菓子を分け与えました」

「あいつも同じだからな」

「同じ?」

「スラム街出身なんだよ。食うに困る、ってほどではないが、栄養の偏りで母親を失いかけた。自分と似た境遇を見て、放っておけなかったんだろ」

「……もしや、そのときササリスさんを助けたのは、あなたなのでは?」


 黙秘する。


「そう、なのですね」


 何も言ってないだろ。いい加減にしろ。


「なんとなく、そう感じました。ササリスさんの、あなたに対する思いは、並大抵ではありません」


 フロスヴィンダが足を止めた。

 だから俺も足を止める。

 彼女の顔が、真っ直ぐにこちらを向いている。


「願いを叶える力を横取りするのは、悪しき者にその力が渡らないようにするため。あなたは、本当はそう考えているのではありませんか?」


 その表情は、真剣そのものだった。


 だから、困った。


 俺って悪しき者じゃなかったんだ?

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