第5話 錯綜×する×策謀

「やられた」


 少し泥に汚れて帰ってきたササリスが機嫌悪そうにつぶやいた。


「先手を打たれてた。ケナズのルーン核も、ウルズライドのルーン跡も無かった」


 フロスヴィンダが持ち出したはずの、星間渡航に必要な素材がすべてなくなっていたことになる。


「もし、他のフサルク星人が先にフロスヴィンダと接触してフェフのルーン核を持ち帰っていたら――」

「それはないな」

「どうして?」


 俺たちがルーンを集めている理由は星間渡航の術、ᚠᚢᚦᚨᚱᚲフサルクを発動するためだ。

 だがフサルク星人がルーン核を求める理由は違う。


「あいつらにとって重要なのはフェフのルーンだけだ」

「そっか、フサルク星人の魂でもあるケナズのルーン核ならともかく、かつての召喚陣に使われた残滓に過ぎないルーンが刻まれた石まで持ち去る必要は無い」


 醤油・琴。


「でも、だったらいったい誰が」


 言いかけて、ササリスは口を閉じた。


「違う、いる、一人だけ、あたしたちにᚠᚢᚦᚨᚱᚲフサルクを使わせたくない人物が」


 より正確に言うなら、もっともふさわしい人物をフサルク星に招待したいと考えている人物がいる。

 それが誰かは言うまでもない。


「フロスヴィンダ本人だ、持ち去ったのは。外骨格みたいな肉体を脱ぎ捨てて、別の何かに取りついたんだ」


 あごに手を当て考え込んでいたササリスがふと顔をあげて、フロスヴィンダを見た。

 少し、何とも言えない間が空いて、ササリスが声をこぼした。


「もし、取り憑いた先が、身寄りの無い人間の死体だったら」

「きゃっ」

「もしかして、あんた」


 ササリスはフロスヴィンダのもとへと駆け寄ると、彼女の手首をつかんだ。

 それから細い糸を生み出して、少女の衣服の内側へと伸ばしていく。


「や、やめてください!」

「あんたはおとなしくしてな」

「くっ」


 ササリスの糸の操作は精密精緻。

 持ち物検査を受けたとして、隠し通しのは至難の技と言っていい。


 そんな状況下で、ルーンを隠しているフロスヴィンダを探られて、俺が冷静でいられる理由は単純。


「……なわけが、ないか」


 ササリスがフロスヴィンダの拘束を解き、糸をほどく。

 フロスヴィンダは訳がわからないと言った様子だ。


 すべてを知っているのは俺だけ。


(ふふん、よくやったよササリス、なかなか名推理だったぜ)


 だが、俺には及ばない。


「あなた……!」


 フロスヴィンダは気づいたか。

 そう、お前の想像通りだよ。


(【盗】み出しておいたのさ、ササリスがフロスヴィンダの抜け殻を調べに離れた一瞬の隙に!)


 つまり、現状の正しいルーンの持ち主は、そう。俺だ。


(ふははははー、出し抜いてやったぞ、ササリスを!)


 思うまいて、夢にも思うまいて。

 一度疑いを解いた少女が実はフロスヴィンダで、彼女からルーンをすでに盗み出しているとは思うまいて!


(これで俺の持つルーンはウルズライドケナズの3つ。ヒアモリに預けたアンサズと合わせて4つ)


 右手と左手、それぞれでフェフスリサズを使えばいつでも召喚陣を作り出せるということだ。

 わはははは。


「くっ」


 フロスヴィンダが歯噛みする。

 余計なことを言うなって忠告はこのためでもあったんですね。


(二手三手先を読んで行動する。これこそダークヒーロー)


 かー、決まっちまいましたわ。かー。

 もう一つ、情報操作でもして場をかく乱してやりますかね、トリックスターばりに。


「フロスヴィンダの抜け殻が残されていた、ということは、護衛の依頼も怪しいな」

「どういうこと?」

「この町にいると俺たちに思わせて、実はとっくに町を出ている可能性があるってことだ」


 ササリスがハッとした。


「確かに、この子から聞いた情報が冒険者ギルドの話だけとは限らない。既に安全な道を聞いて、逃げ出している可能性もあるね」


 ないんだけどね。

 本人がここにいるから。


「こうしちゃいられない。行こう、師匠。まだ近くにいるはずだよ、フロスヴィンダは」


 近くにも何も、ここで俺たちの話を聞いてるこいつがフロスヴィンダだけどな。


「お待ちください」


 細身の少女を宿主にしているフロスヴィンダがササリスを呼び止める。


「私も同行させてください」


 彼女が同行を求める理由を俺は知っている。

 彼女は知っているからだ。

 いつの間にか失くしてしまったルーンを盗んだのが俺ということに。

 だからみすみす、俺を逃がすわけにはいかないのだ。


(俺に正体がバレていて、隠すべきルーンも奪い返されている。多少大胆な行動もとるわな)


 俺からすれば納得できるのだが、ササリスも同じかと言えばそうではない。


「悪いけど、足手まといを連れてく余裕はないね。しばらく暮らせるくらいの金ならかしてやるから、この町でおとなしくしてな」


 な、なに⁉

 ササリスが、金を、貸すだと⁉


 ああ、貸すだけか。

 ビックリした。

 なんだよ、ただの闇金か。

 利子が十日で一割くらいつくだろ?

 知ってる知ってる。


「取引をしましょう」


 フロスヴィンダはササリスの提案を一蹴した。

 どうやら暴利はお気に召さなかったらしい。

 と、いうわけではない。


「あなたの推測通り、灰色の女性に情報を渡したのは私です」


 ササリスの眼光が鋭くなり、品定めをする鑑定士のようにフロスヴィンダを見下ろしている。


「私を連れて行ってください。灰色の女性の手がかりをつかむのに、必ず役に立つと約束いたします」


 でしょうね。

 本人ですものね。


「なんだか、やけに必死だね」

「っ」

「あたしたちから目を離せない理由があるのかい? それとも、さっき言ってた偽の情報でかく乱するつもりかい?」

「違います! 決して、そのような謀略を巡らせておりません!」

「だったら、あんたの望みはなんだい。何があんたをそんなに必死にさせる?」


 ルーン文字が奪い返されたからですよ、ササリスさん。

 そんなの正直に言えるわけないじゃないですか。


「そ、それは」

「それは?」


 フロスヴィンダが冷や汗を浮かべている。

 どんな回答をするか、高みの見物と行こうか。


「さ、さっきのお菓子がおいしかったからです! 私もあのお菓子を作れるようになりたいんです!」


 ええ⁉

 悩んだ末に出た答えがそれかよ!


「師匠……」


 ほら、ササリスもあきれてるって!


「この子、めちゃくちゃいい子だよ! ねえいいでしょ、次の町に行くまでつれて行くくらい」


 頭お花畑かお前は!

 今日はちょっとシリアス成分多めだと感心してたのに、結局あなたはいつもそう!

 すぐに雰囲気を台無しにする!

 ぷんぷんだよ!

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