第7話 自由の×ための×闘争
さて、困ったな。
(願いを叶える機会を奪おうって発言、もともとはフロスヴィンダをシロウ側に送り込むためなんだよな)
ぶっちゃけ願いがあったわけではない。
(……ん?)
いまの俺ってば、貫き通す信念があるわけでもなく、主人公の前に立ちはだかり、主人公が自らの覚悟を問い掛け直すきっかけにもならない、キャラクターなのでは……?
(やべえ! 転生前に思ってた俺の非難対象まんまそのままになってる!)
ある意味では原作に忠実と言えなくもないけど、違うだろ、そうじゃないだろ。
俺は、理想のダークヒーローを演じるためにここにいるんだろ⁉
(落ち着け、とりあえず冒険者試験に合格する際に、俺の目的は宣言している)
それはつまり、天下の覇権を俺が獲るということ。
(うーん、じゃあわざわざ「天下の覇権を俺の手に」なんて願うかというと、それも違うんだよな)
覇王の名声は、人から授けられるものではなく自分の手で勝ち取るべきものだ。
世界征服を願うやつは小物なのである。
(超常の力に悪役が願うことといえば、不老不死とかその辺か?)
あるいは常に全盛期の肉体とかか。
いや、違うな。
「天下布武」
「え?」
「俺が願うは覇道の道。あらゆる信念が理想の名のもとに淘汰しあう世界」
自らの肉体に他者の力を組み込むさえ邪道。
覇道とは自らの力のみで切り開くもの。
「そんな、どうして!」
「友好、協調。争いの無い世界こそ美徳だといまの世の中は定義されている。だが、本当にそうか?」
俺は再び前を向き、歩き出した。
「平和を謳う人間の言葉はきれいだが、その手が穢れなかった試しは一度もない」
かつては栄華を極めた古代文明さえ、いまは滅びた。
「やつらは上手にだます」
彼らは「地獄を見るのは俺たちだけでいい」という。「俺たちがみんなを守るから、帰るのを待ってくれるだけでいい」と、耳当たりのいいことを口にする。
「やつらが本当に恐れているのは、己にとって都合のいい世界が壊れることだからだ」
争いの果てに新時代を築いた人間は、旧時代を壊す気概を持つ人間の怖さを知っている。
自らがそうだったのだ。身をもって知っている。
だから、牙を奪う。
逆らう気を起こさないように、庇護下において飼い慣らす。
「停滞を望む臆病者が統べる世界? 笑わせる。争いの無い世界とは欲の無い世界。野望もなく、どうして人が生きられる」
野望というと言い方は汚いが、彼女の「王の暴走を止めたい」という願いも、身の丈を超えた望みだ。
だから彼女は、死に物狂いで生きている。
「ただ生まれ、先人の保護のもと生き、搾取され、種を残して朽ちていく。思考停止でそれを繰り返すだけなら、ただの家畜に過ぎん」
それは生きているのではない。
生かされているだけだ。
「自由のための闘争、ですか?」
シロウは、誰もが笑って暮らせる世界のために戦う、と言っていたか。なら俺は、富国強兵を掲げよう。
「それは、本当に正しい道なのでしょうか」
後ろでフロスヴィンダが駆け足になって、俺の袖を引っ張った。
「何が正しい道で、何が間違っている道なのか。それは己が己の生の中で見つけ出すものだ」
「……ぁ」
「何が正しい、何が間違っている。貴様にそう囁くものがいるのなら、そいつのいる道は警戒しておけ」
フッ、決まった。
「なんて言ってるけどねー、師匠ってば本当はいい人なんだよー」
げぇっ、ササリス!
いつのまに!
(いまいい流れだったでしょうが! 俺がカッコいいシーンだったでしょうが!)
割り込んでくるなよ!
お前だいたい混ぜるなキケンなんだよ!
これでせっかくのシリアスが吹き飛んだらどうしてくれる!
「あたしの生まれた故郷はさ、弱肉強食。強い奴はどんどん力を蓄えて、戦うすべを持たない人間は搾取される。そんな世界だったん――むぐ⁉」
あー、もう!
人の過去を暴露するな!
「余計なことはしゃべるな」
「むーむー!」
ササリスの口を塞ぐと、すぐさま反抗してきた。
いい子だからおとなしくしていなさい。
「しゃべるな」
「むー……」
よし。
大人しくなったな。
解放してやろう。
「でもね? 師匠の文字魔法がみんなの暮らしを変えたの。きれいな水があって、戸籍があって、古い時代は破壊されて新しい営みが始まった」
「おい」
口封じを外したのはしゃべっていいって合図じゃねえんだよ。
「生きてるんだよ、あたしの故郷の人たちは。師匠に恩を返したいって思いを抱いて、昔では考えられなかった世界で生きている」
「……私は」
フロスヴィンダは黙り込んでしまった。
「あのね。ひとつ、いいことを教えてあげるよ」
お、さっそく実践授業か?
(いいか、フロスヴィンダ。さっきも言った通りだ。何が正しい、何が間違ってるという人間の言葉は疑え。正しい道はお前が決めろ)
わかってるな?
フリじゃないからな?
「道は、誰かの足跡。だから正しい道がわからなくなったら、足跡を見るの」
「足跡……?」
「誰だっているでしょう? 自分の憧れの人が。その人が歩んだ道はどっちか。それをたどっていくの」
なるほどなー。
って違う違う。
俺がササリスに説得されてどうすんだよ。
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