第15話 お姫様の危機×眠っていた力×覚醒的

 ここに来て、気づいたことがある。


(フサルク王の野望を阻止しつつ、俺の野望を叶えるって展開、結構無茶があったなぁ)


 とは言いつつも、いまさら前言を撤回するのは許されない。

 一度口に出した言葉には責任を持つ。

 それがダークヒーローのあるべき姿だ。


 である以上、ここでスリサズのルーンを回収しに行かないわけにはいかない。


(おそらく、勝負は現場に到着してから)


 熾烈な戦いになるだろう。


(ササリスの水魔法は、俺が教えたときから目を見張るものがあった)


 俺という師に恵まれたこと、ササリス自身にあふれんばかりの才能があったこと。

 この二つの偶然が重なった結果、アルバスとシロウのドリームタッグが作り出した水の極大魔法ですら破砕して見せた。


(できるのか? 道を切り開こうとするササリス相手に、俺はシロウがヒアモリと修行する時間を稼げるのか?)


 こと水の扱いに限れば、ササリスは俺の数段先を行く。

 たとえば俺はシロウ相手に水龍の魔法を披露した時、ラグズと【龍】の合わせ技を使った。

 だがササリスは、一度見ただけで、あっさりと再現して見せた。


(いや、勝てる、この勝負、勝てる!)


 ササリス、お前は大事なことを忘れている。

 それは、戦いのフィールド。


(ササリスは海面から海底まで海を割らなければいけない。だが俺は、ササリスが押し出した分の水を埋めに掛かるだけでいい!)


 少し浮力の話をしよう。

 浮力というのはつまり、水を押し出した分だけ、押し出された水が引き返そうとする力のことだ。

 今回で言うと、ササリスが押し出した水かさの分だけ海水はなだれ込もうとする。


(自然法則が味方する分だけ、俺が有利! この勝負は勝てる!)


 よし、覚悟は決まった。

 いくぜ、ササリス。


 水魔法でも糸魔法でも好きに使え。

 俺も全力をもって妨害してやる。

 シロウが強くなるための時間は、俺が稼ぐ!


「いくか」

「うん」


 指先に込めた魔力でゲートを意味するルーンを描く。


「あ、ちょっと待って」


 そのルーンを発動しようとして、やめた。


「なんだ」


 ルーン魔法の持続時間は長くない。

 発動をやめたことで虚空に描かれた淡青色に輝くルーンの軌跡は、空気へと溶けていく。


「最後のルーンって、集めなくても師匠が使えばいいんじゃない?」

「……」


 ……え? なんだって?


「えへへー、あたしったら天才ね。ここに気付くなんて」


 ごめんちょっとよく聞こえなかった。

 もう一回言ってくれる?


「つまり、異星間渡航の準備は整っていたってわけ!」

「……」


 しまったぁぁぁ!


 確かにそうだよ!

 言われてみれば間違いない!


 親父殿を召喚した際のエネルギー余波で生まれたルーンが3つ。

 フサルク星人であるフロスヴィンダと、ケナズのルーン核が一つずつ。

 そして、ルーン使いの俺が一人。


(とっくに、そろってるじゃねえか!)


 はー、アルバス使えねえなぁ。

 なにが初代ラスボスだよ。

 肝心な時に何の役にも立たねえじゃねえか。


(どうする、どうする!)


 まずいですよ!

 このままだとシロウがこの星に残ったままフサルク星のイベントが始まってしまいますよ!


 この状況を打破する方法は、何かないのか⁉


「……」


 ふむ。

 思いついたな、一つだけ。


「ササリスの言うとおりだな。よし、さっそく取り掛かろう」

「てことは」

「ああ」


 まだだ、まだ笑うな。


「時は満ちた。フサルク星侵略を開始する。ヒアモリ」

「はい!」


 預けていた3つのルーン文字を広げさせる。


「フロスヴィンダ、そこに立て」


 妖刀ネフィリムに支配され、物言わぬ操り人形のままであるフサルク星の王女は虚ろな様子で俺の指示に従う。


ケナズのルーン核、は、エネルギーが十分だな」


 いやまあ正直どっちでもいいんだけどね。


 どうせこの召喚陣は失敗する。


「フロスヴィンダ」


 彼女の内でエネルギーがたかぶり、フェフの紋章が虚空に現れる。


ウルズ


 石に刻まれたルーンへと魔力を注ぐと、見覚えのある淡い光があふれだす。

 俺の魔力に反応して、励起しているのがわかる。


スリサズ


 普通に描いただけではすぐに霧散してしまう。

 だからここでは血文字の方を使う。


アンサズライド


 ウルズと同様に、石に刻まれたルーンが活性化する。


「そして最後だ」


 フサルク星人を返り討ちにして手に入れたドロップアイテム。

 彼らの魂とも呼べる代物、ルーン核。

 ケナズの文字が描かれたそれにも魔力を流し、召喚陣の準備を整える。


ケナズ


 いまここに、6つのルーンが集まった。

 親父殿がフサルク星へと召喚されたときと同じ、異星間渡航を可能とする召喚陣、ᚠᚢᚦᚨᚱᚲフサルクが成立した。


「さあ開け、異星への扉」


 財産、力、門、知恵、旅、そしてエネルギー。

 勇者召喚を目的とした、俺たちルーン使いにとっての始まりの6文字。

 それらの力が相互に作用し、星間渡航すら可能とする莫大なエネルギーが生み出される。


(ここだ……!)


 待っていた、星と星を結ぶゲートが現れるこの一瞬を!

 ここを置いて、他にない!


(妖刀ネフィリムによる、フロスヴィンダの支配を、解除!)


 すると何と言うことでしょう。


「う……、私はいったい、何を。……これは、勇者召喚の陣!?」


 体の自由を奪われ、悪役の言いなりだったお姫様は、一番重要な場面で意識を取り戻す悲劇のヒロインへと瞬く間に生まれ変わったではありませんか。


(気づけ、気づけ!)


 俺は、信じている。

 フサルク星の未来を背負うフロスヴィンダなら、足元に散らばるルーンの存在に気付いてくれる。

 それを回収し、この場から逃げようとしてくれる!


「これは、ルーン文字! くっ」


 フロスヴィンダはその場にかがむと、つかめるだけのルーンを集め、走り出した。


(おおおお! よくやったフロスヴィンダ! お前も名俳優だ!)


 これで勇者召喚の陣は目論見通り失敗だ。

 シロウが修行をするための時間を稼げる!


「チッ、あと一歩のところで!」

「あなたの思い通りにはさせません!」


 俺の手のひらの上なんだよなぁ、全部。


「逃がすかよ」


 属性空の身体強化を全身にまとう。

 思い切り地面を蹴り飛ばす。


「くっ」


 フロスヴィンダは半身をひねり、上体をこちらに向けながら、片手で地面をとんと叩いた。


フェフ


 彼女のルーン核が持つ力が紋章となり、地面に描かれる。


(は? デカ)


 さすがはフサルク星の王女と言ったところか。

 一撃に込められるエネルギーの量が桁違いだ。

 惜しむらくは使える文字がフェフだけなことだが、こと今回はこれでいい。


「わー、珍しい鉱石がいっぱいだぁ!」


 ササリスの目を一瞬でも反らすことができるなら!


フェフが持つ意味は財産! こういう場で使えば、希少鉱石を扱える!)


 そして、この採掘場がかつて栄華を極めた鉱石と言えば?

 そう、長距離移動を可能とする希少鉱石、転移石です!


「これは、転移石!?」


 地中からせりあがった希少鉱石を掴み、フロスヴィンダが目を見開く。


「しまっ」


 属性空で身体能力を強化した俺はフロスヴィンダへと肉薄するが、あともう一歩届かない。

 俺の手が彼女に届くより早く、転移石の効果は発動してしまう。


(なんてな、くくく、計画通り!)


 これでフロスヴィンダはいない。

 親父殿の召喚に使われたルーンの痕跡も、いまはフロスヴィンダが3つのうち2つを持っている。


 つまり、俺がフロスヴィンダを捕まえるまで、星間渡航の時間は引き延ばされたことになる。


「くっ」


 それでも、必死を演じて手を伸ばすと、俺の横を細い何かが通り抜けていった。

 通り抜けていったと思ったら、すぐに引き返してきた。


 ルーンが刻まれた、二つの石塊を引き連れて。


「危ない危ない、えへへー、見て見て師匠! お宝守ったよー!」

「すごいですササリスさん! 私は見ていることしかできませんでした!」

「でしょでしょー、えへへー」


 糸魔法だった。びろーんと伸びた糸魔法が、ルーン跡をつかんで空中に止まっていた。


 だ、か、ら、お前は!

 それはフロスヴィンダが持ってないと俺の計画が破綻するんだよ!

 何てことしてくれるんだ!

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