第16話 失われた×姫への×手がかり

「やられた」


 ササリスが何かに気付き、目に見えてテンションを落とした。


「このルーン石、偽物だ」

「なんだと?」


 それは本当かい⁉

 見せて、俺にも見せて!

 それが本当なら、まだ希望は繋がっている!


「確かに、よく似ているが、別物だ。本物にはあったルーンのエネルギーを感じない」


 フ、フロスヴィンダぁぁ!

 よくやった!

 お前はすごい!

 まさかあのササリスを出し抜くなんて!

 さすがは一国のお姫様だ!

 感動した!


「妙だね。偽物を用意する暇なんて無かったはず」


 俺たちがルーンを壁画から取り出す前には妖刀ネフィリムに自由意志を奪われていたからな。

 それより前に取り出した後のルーン石そっくりの偽物を用意しておくことはできない。

 ならばネフィリムの支配から解放された後に用意したことになるが、フロスヴィンダが魔法を使ったのは地中から鉱石を隆起させた極大のフェフの一回のみ。


「あの鉱石を、地中から引っ張り出した時だろうな」

「あー」


 フロスヴィンダのフェフで柱となった鉱石の塊。

 これを生み出した際に、並行してルーン石の偽物も生み出していたのだ。


「やってくれるね」


 ふぃー、とにかく、これで物語の進行をしばらく食い止められるな。

 危ない橋だった。

 けど、渡るに値する橋でもあった。


「むー。面倒だけどフェフのルーン跡とケナズのルーン跡を探して……いや、それじゃだめなのか」


 おとがいを指で叩き、ササリスが膨れた。


「ああ。召喚に必要な6文字の内、2文字はフロスヴィンダが持っている」


 フロスヴィンダがルーンを回収して逃げたことで俺たちの手元に残ったのはアンサズのルーンのみ。


スリサズフェフケナズの3文字を俺たちが手にし、一文字を俺が担当しても、ウルズライドのどちらかがそろわない」

「師匠が両手を使えば解決じゃん」

「……」


 あ、本当だ。


(フロスヴィンダぁぁぁぁ! アンサズのルーンも残さず拾っていけ!)


 失敬、取り乱しました。

 冷静に考えよう。


「ササリスの言う通り、俺が2文字分扱えば召喚陣は成立する。だが」

「そっか、海底に眠るスリサズのルーンが結局必要になる」


 そういうこと。

 危ない危ない。

 危うく、フロスヴィンダを逃がしたのに召喚陣が成立してしまうところだった。


「あれ? これってもしかして、あの子を見つけ出す方が楽なんじゃない?」


 よしよし。俺の狙った通りに話が進んでいる。


「そうだな」


 まあ、もっともそれは難しいがな。


ペオーススリサズの組み合わせでつながる先が海底洞窟なのは確認済み。俺のルーン魔法ではフロスヴィンダを追えない)


 文字魔法を使えばその限りではないけど、俺は積極的に探すつもりがない。

 まあのんびり探そうぜ。


「ぐぬぬ、ルーン石に括り付けてた糸が切れてる。これじゃ探せないよ」


 あっぶねぇ!

 ササリス、お前、そんなことしてたのか!


 えっ、えっ?

 全然気づかなかったんだけど。

 また糸魔法の細さに磨きがかかった?

 それもはや人間の目で視認不可能なやつでは?


(ハッ⁉ 雪国へと続く山脈でササリスを置いてきぼりにした時も、砂漠の町で目つぶししても俺を的確に追いかけてきたのも、俺に対して既に目に見えない細い糸を巻き付けていたから!?)


 背筋が冷たくなる。


「大丈夫! 師匠には糸魔法を付けてないよ!」

「心の声を読むな、というか、だったらなんで視界が奪われても俺の場所を正確に把握できるんだよ」

「え? だってあたしたち、運命の赤い糸で結ばれて……」

「ないから」


 怖いことを言うな。


(とにかく、これでフロスヴィンダの手がかりはなくなった)


 時間かけて探すしかない。俺の計画通りだ。


「クロウさん、ササリスさん」


 ヒアモリがぽつりとつぶやいた。


「まだそんなに遠くまで行っていないはずです。牛鬼の電磁波を制御できるようになったいまの私なら、探し出せます」


 ……。


(そうだった! ヒアモリには電磁パルスを支配する妖怪の力があるんだった!)


 ヒアモリは何も見えないレベルの霧が掛かる土地でも5キロ先から精密射撃をぶちかましてくる。

 まして霧の無いこの手の土地では、どこまで見えているか、もはや想像もつかない。


(無理だ、あの大きさの転移石でヒアモリの超感覚索敵能力から逃れるのは不可能だ!)


 何てことしてくれたんだ!

 誰だよヒアモリをここにつれてきたやつ!


「さっすがヒアモリちゃん!」

「試してみますね」


 ササリスとヒアモリにタッグを組ませるな!

 逃げ切れるやつがいなくなるだろ!


(くっ、させるか!)


 【電磁】、【操作】!


 牛鬼が周囲からやってくる電磁波を解析してフロスヴィンダを探そうというなら、俺が妨害する!

 指一本、あいつには触れさせねえ!


「ん、あれ? 妙ですね。なんだか調子が悪いです」


 勝った。勝ち申した。


(ふ、ふぅ。どうにかしのいだ、ササリスとヒアモリ相手に、俺は勝ち切ったんだ!)


 うおぉぉぉぉっ!

 見たか!

 これが、俺の底力だ!


(……なんで俺は味方を一番警戒しているんだ?)


 何かがおかしい、そんな気がした。


「んー、そっかぁ。師匠、ヒアモリちゃん、調子悪いんだって」

「フロスヴィンダが呼び出した鉱石、これが原因かもしれないな」

「鉱石?」

「ああ」


 何食わぬ顔で俺はそれっぽい嘘を並べる。


 たとえばマグマが冷えて出来る火山岩のひとつである玄武岩は、磁鉄鉱と呼ばれる磁性を持った鉱石が含まれている。

 富士の樹海でコンパスが機能しなくなるといわれるのも、この磁性によるものだという説がある。


「電磁波ってのは電界と磁界が相互に作用しながら空間を伝播する波だ。鉱石に含まれる磁性がノイズになっているのかもな」

「へー」


 ササリスが興味ありそうな、なさそうな、絶妙な感嘆を上げる。

 金になりそうな、ならなさそうな、覚えておくべきか忘れていいかを悩んでいる声にも聞こえる。


「ご、めんな、さい」


 ぎょっとした。

 ヒアモリが目じりに涙をためていた。


(わー!? ごめんねヒアモリ! 泣かせるつもりはなかったんだ!)


 力になれなかったことを申し訳なく思わなくていいんだよ⁉

 妨害したの俺だから!

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