第12話 神×天×下り

 懐かしい感覚がする我が家につくと、なんだかずいぶん長い間家を離れていた気がした。


「もうクロウったら、来るなら来るって言いなさい。いま夕食の準備をするわね」


 家には母が待っていた。

 この十年で何もかも変わったこの町で、この家の中だけは何も変わらない。

 それがなんだか、妙に心地いい。


「いや、すぐにまた旅立つから」

「夕食の準備をするわね」

「でも、俺もう行かなくちゃ」

「夕食の準備をするわね」

「はい」


 ごり押しされてしまった。

 さすがササリスに花嫁修業(という名の洗礼)を施した張本人と言うべきか。

 この母にしてあのササリスありというのを強く実感した。


(ん? 待てよ。ということは、母さまは親父殿ですら逃げ切れない相手だったということなのか?)


 ぞくっとした。

 まさかこの世界における最強がこんなところにいたなんて。

 気づかなかったな。


 いや、そもそも親父殿と母さまが仲良しだった可能性もあるか。

 逃げ切れなかった婚姻とは限らない。

 俺がササリスから逃げ切れないと決まったわけではない。


「お母さま!」

「あら、ササリスちゃん。また大きくなった?」

「うぇひひひ。それはもう栄養たっぷりですよ!」


 嘘つけお前は絶壁を卒業したかもしれないけど貧しい側の人間だぞ。


「それよりですね、お母さま。今日は大事な話があります」

「あら、なあに? 突然かしこまって」

「お母さま。お願いします」


 ササリスが頭を下げる。


「どうかクロウさんをあたしにくだ――」


 おおっと手が滑ったァ!

 ササリスの足を引っ張り、廊下に出て自室へと引っ張る。


「いだだだだっ⁉ ちぎれる、師匠、ちぎれちゃう! あたしの足がちぎれちゃう!」


 大丈夫だ。ルーン魔法で再生できる。


「ハッ⁉ これはまさか千切りと契りを掛けた、高度なプロポーズ……」

「じゃねえよ」


 お前は、本当に、全部がそっちへ直結してるな。

 すごいと思うよ。


(とりあえず、部屋にぶち込んだあと【施錠】でもしておくか)


 うーむ、ササリス相手だと簡単にピッキングされる未来しか見えない。

 糸魔法が万能すぎる。

 まあ俺の文字魔法は全能なわけだけど。


 ササリスをどうするかに頭を悩ませながら、自室のドアノブに手を掛ける。

 ラッチボルトが引っ込む音がして、扉がおもむろに開いていく。


「あ」

「え」

「ん?」


 そこに、人がいた。

 毛先にかけて諧調的に青くなっていく銀の髪。

 春の陽気を氷に閉じ込めたような瞳。

 滅多なことでは動揺しない少女、ヒアモリが、この時ばかりは目に見えて狼狽していた。


「クロウさんとササリスさんがなんかすごいことしてる⁉」

「誤解だヒアモリ!」

「あつ、ごめんなさい! えと、部屋のお掃除をさせていただいていただけなんです! すぐに出ていきますね!」

「待ってヒアモリ!」


 三角巾を頭にちょこんとのせて、はたきとバケツをもつヒアモリがちょこまかと逃げ回る。

 逃がすか!

 彼女の細く、たおやかな手首に手を伸ばす。

 捕まえた。


「今日はヒアモリに用があってきたんだ」

「え、私に、ですか?」

「ああ」


 言ってから、困った。


(やべ、なんて説得しよう)


 お願いの内容としてはシロウと接触して、彼らのレベリングに付き合ってほしい、なんだけど、それを直接伝えるわけにもいかない。

 どうしてと聞かれれば答えに窮するし、そうでなくてもササリスに勘ぐられる。

 どちらかというと後者が何をしでかすかが怖い。


「それはだな」

「それは……?」


 こういうときはですね、問題をこまかく分けて考えればいいわけですよ。


 俺のやることはルーン文字を各地から集めること。

 シロウとヒアモリを鉢合わせること。

 ヒアモリにシロウの相手をさせること。

 そしてササリスを野放しにしないこと。


 ふむふむ。

 見えてきたな、勝利の方程式。


「俺はこれから世界各地を巡ってとあるものを回収してくる」

「とあるもの?」

「俺の魔法の、起源につながる大事な宝物だ」

「クロウさんの大事な物」


 目が合っていたはずのヒアモリの視線が、一瞬だけ低いところへ向かった。

 違う。

 ここにいる足を引っ張られて地面を引きずり回されてるやつのことじゃない。

 大事な物ならこんな扱いしない。


「だが、それは最後の一瞬まで一カ所に集めたくない代物なんだ。他の奴らもそれを狙っている」

「他の人も?」


 ヒアモリの目がわずかに見開かれる。

 違う。

 だからササリスじゃないって。

 他の奴が狙ってるのは。


「ああ、だから、その宝物の半分を、ヒアモリが守っていてくれないか?」

「そ、そんな大切な物、私で大丈夫でしょうか?」

「ヒアモリだから、信じて託せるんだ」


 と、言っておけばヒアモリは断らないだろう。


「クロウさん、私のこと、そんなに信頼してくれて」


 ヒアモリが感極まった様子で呟いて、ぎゅっと拳を固めた。


「はい! この命に代えてでも、必ずお守りします!」

「や、命には代えなくていい」


 う、うーん。ちょっとハンドルミスったか?

 シロウと鉢合わせたとき、ヒアモリがうっかり射殺しちゃったらどうしよう。


 ……まさかな!

 あれで主人公だ。

 そういう危険からはなんだかんだ逃れる運命にあるはずだ。

 ふぅ、無用な心配しちまったぜ。


(とにかく、これでヒアモリを所定位置に配置するミッションは完了。次はどうやってシロウをヒアモリがいる場所まで引き込むかだが)


 ふむ、あれでいくか。


「【海神】、【招来】」


 指先のルーン魔法が淡い光を放ち、空に大きなホールが開く。

 そしてそこからは、鱗にも似た白銀の羽毛を持つ巨大な羽をもつ生物がやってくる。

 深海より来たれ、大いなる翼竜!


「言葉は、不要だな?」


 俺とお前の仲だ。

 俺の狙いはわかるだろう?


「頼んだ」


 海神様は頷き、空へと飛んで行った。


 つまり作戦はこうだ。


(シロウにはすでに海神様を見せている)


 あれは親父殿から秘奥義を受け取った場所、愚者の禁門での出来事だ。

 アルバスに騙され、あの扉を破壊したシロウの頭上から、俺は海神様にまたがり、深淵から這い出る魔物の群れを一掃した。


(つまり、海神様を見れば俺への手がかりだと勘づくはず)


 あとは簡単。

 シロウのもとへ海神様を派遣し、シロウが海神様のあとを追いかける。

 海神様はシロウを見つけたあとはヒアモリと合流することになっているので、自然、シロウはヒアモリへとたどり着くわけだ。


(しかも海神様の陰を匂わせることでヒアモリが俺の仲間だとわかったときに伏線として回収できる親切設計!)


 作戦に抜かりなし!


 なんか、行ける気がする!

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