第11話 プラン×B×で行こう

 ルーンの扉は開かれた。


(やっべぇ、どうすんよこれ)


 俺の予定だと、シロウが修行パートに励んでいる間、延々と世界を巡って時間を稼ぐはずだった。

 だが、ひるがえって、この状況はどうだ。


 運命のゲートが勇者召喚の痕跡へとつながるのであれば、ルーン文字を回収するのに半日といらない。

 シロウが修練に励む時間が無くなっちゃう。


(くそ、こうなったら仕方ない。プランBだ!)


 プランBはなんだ?

 いま考えている!


 たとえば、そうだな。


(勇者召喚の準備は俺が進める。だが、勇者召喚そのものは、シロウの目の前で行う)


 ふむ、ふむふむ。

 なんとなく構想が決まってきたぞ。


 こういうのはどうだろうか。


  ◇  ◇  ◇


 ルーン魔法の使い手としてステップアップを目指すシロウたちは、とある人物から修行を付けてもらっていた。


 ここはかつて大陸でもっとも栄えた坑道があった採掘場。

 転移石という、ある程度の距離を一瞬で移動できる不思議な力を持つ希少鉱石が時折取れることで栄華を誇った。

 大小さまざまな円形の穴を重ねたあと、断面を滑らかにしたような地形には、いまとなっては使われなくなったクレーンやトロッコ、鉱石置き場などが廃墟のように並んでいる。


「敵わないかぁ」


 マズルフラッシュの残光と、わずかにたなびく硝煙が、修練相手の獲物が何かを物語っている。

 銃撃。

 それが、シロウの受けた攻撃だった。


「ん、でも、だいぶ反応できるようになった。成長してるよ、ちゃんと」


 毛先にかけて諧調的に青み掛かった銀の髪。

 氷のような冷たさと、小春日和のおだやかさを兼ね備えたような青い瞳がわずかに微笑んでいる。


「へへ、そうかな」


 構えた刀に、重い感触が伝わった。

 目の前で火花が飛び散り、柄を握る手にびりびりとしびれが残る。


「そうだよ、シロウはきちんと成長してるって!」

「ああ。私も保証しよう」

「ナッツ、ラーミア」


 痺れる手の平をぐっと握った。


(強くなってる。間違いなく)


 シロウが彼女と出会ったのは偶然だ。

 だが、運命的な必然をひしひしと感じていた。


(彼女のおかげだ)


 この出会いのおかげで、シロウは強くなった。

 もとより、シロウには抜群の戦闘センスがあるのだ。

 足りなかったのは、実戦経験。


 なればこそ、銃器という、極めて実践的な獲物を扱う彼女とのやり取りは、シロウのレベルを加速的に成長させていた。


(だけど)


 シロウの表情が曇る。


(俺は、まだ彼女に勝てていない)


 彼女は強い。

 いままで出会った中でも、五指に入るほど。


 残る四人とは、ルーン魔法を使う異星人、古代の魔法を使うアルバス、糸の魔法を扱うササリス。

 そして、その頂点に位置するのは、彼と同じ魔法を使う男――クロウ。


(俺は、いつになったら――)


 パァンと、空砲が鳴り響いた。


「また、難しい顔」

「え」


 強張った表情に、彼女の細い指が伸びる。

 ひんやりとした指先が頬に触れ、シロウは顔が熱くなった。


「大丈夫。辛くても、あなたは独りじゃない。苦しい時でも、いつかは乗り越えられる」


 彼女の、励ましが、いまはただ心地よかった。


「はい! もう一戦お願いします、先生!」

「ん。いい顔、するようになった――」


 目の前の少女のまとう空気が張り詰める。

 いつもの、氷のような臨戦態勢とは違う。


「先生?」


 シロウの声は、届いていないようだった。


「来る」


 なにが、と聞く必要は無くなった。

 目の前に広がる空間が、紫電をまき散らして亀裂を生み出していく。

 景色の一部が引き裂かれたように、まったく異なる場所を映し出している。


「お前は!」


 シロウが、目じりを引き裂かんばかりに大きく目を見開いた。


「クロウ! どうしてここに」


 シロウの問いかけに、クロウが少しだけ視線を寄越す。

 彼もまた、「どうして貴様がここにいる」と言いたげな目をしているように思えた。


「時間だ。行くぞ、ヒアモリ」

「ん。わかった」


 体が、金縛りにあった気がした。


「は?」


 待て。

 それはいったいどういうことだ。


 聞きたいことがたくさんできた。

 訊かなければいけないことが山ほどあった。

 だけど、何から聞けばいいのだろう。


「どういうことだよ、先生」


 口をついて出たのは、そんな言葉だった。


「どうって?」

「なんで、そいつと親し気なんだ」


 じとっとした目をした少女が、少しだけ口を尖らせる。


「なんでって……」


 だけどすぐに、口端に笑みが浮かんだ。


「私は、クロウさんに救ってもらったから」


 足先から、感覚が消えていく。

 足裏が地面を掴んでいる感触がなくなっていく。

 自分がどこに立っているのかすら怪しい。


「孤独だった。人と関わるのが怖かった。そんな私を、クロウさんは外へと連れ出してくれた」


 だから、と。


「私の中で、一番大事な存在なの。クロウさんの邪魔をするなら、シロウ」


 片手でピストルを真似しながら、人差し指をシロウに向ける銀髪の少女が言う。


「たとえあなたでも、容赦しないよ?」

「嘘だ」


 シロウの言葉は誰にも響かず、空しく消えていく。


「嘘だそんなこと!」


 信じられない、信じたくない。

 そう言いたげなシロウに、ヒアモリは優しく微笑む。


「だったら、確かめてみる?」


 ヒアモリは静かに銃を取り出した。

 冗談や虚言などではない。

 本気だ。

 それが、シロウには痛いほどわかった。


(戦いたく、ない)


 どうして彼女が。

 そう思わずにはいられない。

 運命を呪わずにはいられない。


「ヒアモリ」


 だが、結果として、戦う必要は無かった。


「行くぞ」

「……はい」


 ヒアモリの眼中から、シロウが消え失せたからだ。


「待て」


 もう、シロウの声は届かない。


「待てよ」


 紫電を散らすゲートを、クロウとヒアモリが引き返していく。


「何を呆けている!」


 後頭部を殴られたような衝撃が、言葉に込められた怒号に含まれていた。


「追うぞ、シロウ!」

「ラーミア、けど、ヒアモリは」


 信じた相手の、知りたくない一面を見てしまい、神経が弱ったシロウに、ラーミアは檄を飛ばした。


「ヒアモリがどうとか関係ないよ! 大事なのは、シロウ、あなたがどうしたいかだよ!」

「ナッツ……、俺は」


 クロウとヒアモリは紫電のゲートを引き返していく。

 空間にできた裂け目は、徐々に口を閉ざそうとしている。

 思考の猶予時間は長くない。


「俺は」


 自分がどうしたいか。


 そんなの、最初から決まっていた。


「俺は、もう一度、話したい。目を見て、ヒアモリときちんと話し合いたい!」

「だったら」

「やることなんて、決まっているでしょ!」


 そうだ。何をためらっていたのだろう。


「追いかけよう!」

「ああ!」

「うん!」


  ◇  ◇  ◇


 うーん、我ながら完璧な作戦。


(新たな出会い。それが実は宿敵を慕う、戦いの運命を約束された相手。それを告げる、圧倒的強者ポジションの俺)


 これは評価高いっすわ。


 よし、いったん引き返すか。


「あれ? 師匠?」


 一度スリサズゲートを閉じて、開き直す。

 目的地はヒアモリが待つ、俺の故郷だ。


「一度引き返す」

「なんで? ……あ! そっか、そうだよね」


 これで他人に気を使えるササリスだ。

 俺がヒアモリに声をかけに行くことも察したかな。


「フサルク星についたら結婚だもんね。その前に、お母さまにごあいさつしなきゃだよね」

「そういう話じゃねえよ」


 そういう話じゃねえし、お前の願いは叶えさせない。

 絶対にだ。

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