第10話 ロード×オブザ×スピード

 一応な。試してみるだけな。

 仮に成功したとしてもやらないから。


ᚠᚢᚦフスᚨᚱᚲアーク


 ちなみに、異なる3文字ルーンの同時発動は、初めて親父殿が帰省した時に実演して見せている。

 壊れた扉を直してた。

 うーん、贅沢なルーン魔法の使い方である。


「あれ?」


 それはさておきとして。


「うまく開かないね」


 発現したのは春風のような、新しい始まりを知らせる息吹だけだった。

 安心した。

 とんでもないシナリオブレイクが発生しなくて安心した。


「ふっ、やはりな」

「師匠はこの結果が予想できてたの?」

「当たり前だ」

「すごーいっ!」


 う、ううう、うろたえるな!

 俺が理想とするダークヒーローはうろたえないのだ!


「確かに、3文字ルーンを並行して発動させることは可能だ。だがそれは、あくまで二つの魔法としてだ」


 たとえば、右手で海、左手でねずみと書いたら海鼠なまこになるかと言えば答えはノーだ。

 恐らく、ただの海水とネズミが出てくる。


「勇者召喚の陣はᚠᚢᚦᚨᚱᚲフサルクの6文字魔法。ルーン魔法の文字数制限上、再現はできない」

「えー」


 考えれば当然のことだったな。

 ふう、ビビらせやがって。


「じゃあじゃあ、どうするの?」


 知りたいか?

 ならば教えてやろう。


「【地図】」


 地面に向けて魔法を放つ。

 すると砂地に木の枝を走らせたように線が地面に刻まれていき、やがて大陸地図が出来た。


「ここは冒険者試験の2次試験会場だ」


 俺が指さしたのは、大陸西部に位置する熱帯。

 四性質の内【湿】の影響を色濃く受けた土地である。

 ここにある海辺の洞窟で、かつて俺たちは冒険者試験の資格を受け取った。


「この洞窟の奥深くに、スリサズの文字が刻まれていた」


 シロウが稲妻のルーンを使えるようになったのも、この文字を見つけたからである。


「あの時はいったい誰が、何のために刻んだのかと思っていたが」


 もちろん嘘である。


「おそらくあれが、勇者召喚が起きた際に弾けた余剰エネルギーだったんだろう」


 俺は原作既プレイだからな。

 あのルーン文字がどういう理由で残されていたのかも知っていたのさ。


「余剰エネルギーとは言え、もとはフサルク星人の持つ願いの力だ」

「あ! もしかして、そこにはまだ、勇者召喚を行うための願いの力が残されているとか⁉」


 正しいとも言えるし、正しくないとも言える。


「いや、文字に残された願いの力はかすかなものだ。星間を渡る扉を開くほどのエネルギーは残されていない」

「えー、じゃあどうするの」


 妙だな。ササリスがやけに真面目に話を聞いている。


「願いのエネルギーはほとんど無いに等しい、が、ルーン魔法にはエネルギーを意味する文字がある」

ケナズだね! そっか、わずかしかないエネルギーでも、ルーン魔法で増幅させれば!」


 個々のフサルク星人が持つエネルギーの絶対量は、ルーン使いに劣る。

 まあ、俺の場合は幼児期から魔力総量を増やすトレーニングを反復練習していたからなのだけれど。

 とにかく、一文字一文字に対し、必要なエネルギーを注入することは理論上可能である。


「ウェヒヒヒ、師匠がエネルギーを集めた後あたしが先んじて願いを叶えれば」

「させねえぞ?」

「ハッ⁉ まさか、読心術! 心の覗き見!? 師匠のエッチ!」

「心の声洩れてんだよ」


 こいつ、ずっとどうやって俺を出し抜くかの算段を立てていやがったな。

 道理で真面目に話を聞いてくれるはずだ。

 チッ、油断も隙もありゃしない。


「さて、問題はスリサズ以外の5つのルーンが、どこにあるかだ」


 まあ、俺は知ってるんですけどね。


(これを見つけるのはゆっくりでいい。あまり急いでもシロウの成長が追い付かない)


 現時点で、シロウのルーン魔法はフサルク星人に通用しない。

 さらに強くなってもらう必要がある。


(俺一人先走っても、主人公がいない最終決戦が始まるだけだからな)


 あえて、ルーン文字の存在しない場所を巡って時間を稼ぐというのも一つ手だろう。


「師匠師匠っ」


 るんるんと上機嫌でササリスがニコニコしている。

 根拠はないけど嫌な予感がする。

 また余計なこと言うのではないだろうか。


「思いついたんだけどさ!」


 ササリスが虚空に指先で文字を描く。

 その指先が描くのは二つのルーン。


ペオーススリサズを使えば目的地と現在座標をつなぐゲートを開けないかな⁉」

「……」


 こいつ。


「えへへぇ、いいアイデアでしょ!」


 ニヘラと笑うササリスの無邪気さは憎めない。


(いいアイデアではあるけれど!)


 これまで長距離の移動は2種類あった。

 一つは海神様による航空移動。

 そしてもう一つが、石などに血文字で【基準点】と描き、【±0】で相対座標をゼロにする移動法だ。


 ササリスが提案した方法は確かに、海神様に負担をかけることがなく、しかもそれぞれが一文字であるため相対座標を消滅させる移動法より強力だ。

 基準点を先んじて設置する必要がないのも大きい。


 でもな、それはそれとして。


(いまは時間をかけて物語を進めたいって言ってるでしょうが!)


 どうして、そう、シナリオを加速させるようなアイデアしか出さないかな⁉


(いや、待て。冷静になれ。そうだよ、さっきだってᚠᚢᚦフスᚨᚱᚲアークᚠᚢᚦᚨᚱᚲフサルク、みたいな展開は許されなかったじゃないか)


 もしかして、俺が思ってるほどもろくはないのではないだろうか。

 原作というのは。


(なんだかんだアルバスは消滅したし、シロウも冒険者試験に合格してる。大事なポイントはしっかり押さえているじゃないか)


 ふむふむ。

 読めたぞ。


(間違いない! この世界には、物語の修正力が働いている!)


 あまりにも大きな原作ブレイクは起きないようにリミッターが付いているんだ!

 なるほど! それは盲点だった!

 ということは、うまくいかないんじゃないか?

 ペオーススリサズの合わせ技は。


 おお!

 なんか、失敗する気がしてきた!


 これは試してみるしかないよね!

 俺の仮説の正しさを証明するために!


ペオーススリサズ


 極大の淡青色の光が輝く。

 眩い光が、まぶた越しに網膜を刺激している。


 ルーン魔法のきらめきがやがて収まると、そこには答えが広がっていた。


「やったー! ほらね! あたしの言った通り」


 眼前の時空に大きな亀裂が走っていて、その先にはウルズの文字が描かれた岩壁があった。


 なんでや!

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