第9話 闇×堕ち×聖女

「私をどうするつもりですか」


 スリサズゲートを超えた先で、ぺたん座りかつ上目遣いのフロスヴィンダが俺をにらむ。

 かわいい。

 じゃなくて。


(どうするつもりと聞かれても)


 そもそも連れてくるつもりなんて無かったし、いやホントどうしようこれ問題。

 子供が捨て猫拾ってきたときの親の気持ちってこれなのかな。

 元居た場所に返してきなさいってのが正直な感想。


「そうだな」


 とはいえ、あの形で連れ去った以上俺の方からシロウに返すのはおかしい。


(はあ、一応、シロウが俺を追いかけてくる形にはなったし、望んだ形にはなったって考えるか)


 理想の形とはちょっと違ってしまったけれど、ストーリーを進める牽引力の主たる要因に俺がいるって構図は悪くない。

 受け入れよう。

 なに、ササリスを手元に置いておくリスクと比べたらかわいいものよ、この程度の誤差。


「案内してもらおうか。あんたの故郷、フサルク星まで」


 フロスヴィンダの目が、親の仇でも見るように吊り上がる。


「あるんだろう? 二つの惑星を行き来する、星間渡航手段が」

「お断りです」


 ふむ、随分嫌われたな。

 ようやく気付いたか。

 俺、というかササリスにすがるのは、借金取りから一時的に逃れるために闇金に手を出すようなものだと。


「お断りを、お断りだ」


 ということで、腰に差した刀を抜く。

 切られた鯉口から、真っ白な刀身がぬっと顔をのぞかせる。


 妖刀ネフィリムである。


「刀……脅すつもりですか? 無駄です。私を人質としている以上、あなたは私を殺せない」


 平静を保って告げた彼女の口ぶりは、だが少しだけ早口だった。

 焦りが見えるぞ。


「私は、故郷を救う覚悟を背負ってここにいるのです。どんな拷問を受けようと、決して、あなたのような方に、フサルク星への渡航方法を打ち明けたりなんてしません」

「そうか」


 肩に担ぐように構えたネフィリムを、俺は一息に振り下ろした。


「かはっ」


 フロスヴィンダの目が、これでもかというほど大きく見開かれる。

 それもそのはずだろう。

 彼女の左肩から斬りかかった妖刀ネフィリムが、彼女の右わき腹を通過して抜けていったのだ。


 体を、一刀両断されたのだ。


「安心しろ。お前の言う通り、殺しはしないさ」

「な、にを」


 傷口を抑えるように手を当てたフロスヴィンダが、そこで気づいた。


「傷口が、無い? そんな、いま、私は確かに斬られて……」


 妖刀ネフィリムには、二つの力が秘められている。

 いまの一撃はそのうちのひとつ。

 形の無い概念を切り裂く力。


「拷問をするまでもない」


 目の高さに構えた妖刀ネフィリムが、鍔元から切っ先に向けて変色していく。

 光を逃さない闇色が、ネフィリムの白い刀身を真っ黒に染め上げていく。


「貴様は、自ら口を割るのだから」


 これが妖刀ネフィリムの持つもう一つの力。


「目覚めろ、ネフィリムの新たな眷属よ」

「ぁ……がぁっ⁉」


 切り裂いたあらゆる概念を支配し、操る力だ。


 初太刀で切り裂いたのはフロスヴィンダの精神。

 妖刀ネフィリムが怪しく輝くとき、彼女の精神はネフィリムの支配下へと堕ちる。


「さて、開いてもらおうか。フサルク星へと繋がるゲートを」


 虚ろな目のフロスヴィンダは力なく首を横に振った。


「できないのか?」


 今度は首を縦に振った。

 まあ、知ってたんですけどね。


 フロスヴィンダの固有ルーンはフェフ

 豊穣をつかさどる彼女一人ではどうやってもフサルク星へと通じるゲートは開けない。


「ならどうやってこの星にやってきた」

「勇者召喚と、同じく、6つのルーン。6人の力」


 勇者召喚に必要なルーン文字はフェフウルズスリサズアンサズライド、そしてケナズの6文字。

 フロスヴィンダのフェフを除いて残りは5文字。

 少なくとも、5人の協力者が向こうにはいて、彼女を逃がすために力を貸してくれたことになる。


「ねえ師匠、それっておかしくない?」

「何がだ」

「だって、この人のルーン核、フェフが欲しいからフサルク王は追いかけてるんでしょ?」

「そうだな」

「だけど、彼女がこの惑星に来た後も、彼女の追っ手はこの星にやってきている」


 つまりササリスが言いたいのはこういうことだ。

 フサルク王は既にフェフのルーン核を持つ人材を確保している。

 それなのに、どうしてフロスヴィンダのルーン核に固執する必要があるのか、と。


「何もおかしくはないさ。フロスヴィンダの王位継承権は一位だった」

「あ、そっか。フェフのルーン核を持っているのは、フサルク王自身」


 自分自身のルーン核を願いをかなえる代償に支払うことはできないからな。

 自分以外の持つフェフのルーン核が必要だったわけだ。


 そして、ようやく表れたフェフのルーン核を持つのがフロスヴィンダだったというわけだ。


「となれば、方法は二つに一つだな」


 一つ目の方法はわかりやすい。


「フサルク星人がこっちにやってくる瞬間を狙い、逆にゲートを利用する。やつらが開けた穴を利用し、フサルク星まで逆行する」

「でもそれって難しくない?」

「ああ」


 ゲートの開く場所も時間も、俺たちは事前に知るすべがないからな。


「だから、もっと現実的な手段を取る」


 この世界には過去、大規模な勇者召喚が行われた痕跡がいまなお残されている。


 たとえば、シロウが冒険者試験2次試験会場で見つけたスリサズのルーンがそれだ。


 膨大なエネルギーの残滓は、ルーン文字という形でこの世界の各地に散らばった。


 ならば、逆に。

 かつての勇者召喚に使われたルーン文字の痕跡を集めれば?


「つまるところ、もう一つの手段というのは――」

「師匠が右手でᚠᚢᚦフス、左手でᚨᚱᚲアークを発動するってことだね!」

「⁉」


 ⁉

 ⁉


 そんな方法ありなのか⁉

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