第8話 日輪×蝕む×昏冥

 説明しよう!

  ウィルドモードとは俺が親父殿から伝授されたルーン魔法の極致のひとつ。

 魔力を先払いしておくことで、脳裏に描いた文字をそのまま投影し、無音無動作でルーン魔法を発動できるという奥義である。


(それを、誰に教わることなく、自力で!)


 さすがシロウだ!


ᛚᚢᚱᛖルーア


 四文字のルーン文字がシロウの眼前に踊り、彼を淡い光で包み込んだ。

 あれだ。俺が幼児のころに好んで使っていた成長のルーンであるᛊᚢᛖスエと似た系統である。

 違うのはラグズライド

 ラグズの水は流動性のある生命力、そしてウルズの力をライドで循環させ、エイワズで躍動させる。

 つまり、自己治癒だ。


「クロウッ!」


 脳震盪から回復し、刃物で串刺しにされた手のひらの穴も塞がって、傷を完全に癒し終えたシロウが立ち上がった。


(四文字のルーン魔法は制御が難しいはずなんだがな)


 魔力量にものを言わせてうまく操っている。

 いいなぁ、才能もセンスもあって。

 ちょっとうらやましい。


(まあいい。 ウィルドのリスクを教えてやるのも先達の役目、だな)


 俺が親父殿から教わったように、俺もまたシロウに技術を伝授する。

 そうしてルーン魔法は脈々と受け継がれていく。


「ふん」


 こんなこともあろうかと対策は万全だもんね。

 こちらは本邦初公開。


 ウィルドモードに到達したことは褒めてやる。だが」


 俺が命を削って作り上げた、血文字で出来たルーンを書き連ねた巻物。

 これをですね、こう、昇龍のごとくかっこよく開いてですね……。


 あ、待って。

 巻物開く練習してない。


「……」


 俺は静かに、少しだけ巻物を進めた。


 べ、べつに後悔なんてしてないからな!

 ほら、あれだ。

 俺の目指すダークヒーロー像的に、そういう派手な動きはあってねえし。

 もっと、こう、必要最小限の動きで、ずっしり構えて、一撃で鎮める感じこそ至高だし。

 だからこれが最適解なんだよッ!


 でも後で練習しておこっと。


「だが、俺がなんの対策もしていないとでも思ったか?」


 行け! 久々の血文字魔法!


ᛏᛁᚱティル


 ティワズが意味するのは戦い。

 イサはご存じ停止。

 ライドは循環。


 つまり、戦いの円環にとらわれたままの存在を意味する言葉。


「行け死霊ども」


 見るも耐えがたい怨霊が、生者であるシロウをくびり殺す勢いで飛んでいく。


「悪霊、だったら――」


 無駄だ、お見通しだ、お前の考えていることなんて!


 シロウと俺が同じ文字を虚空に描く。

 二度折れ曲がった稲妻マーク。


 一つ、違いがあるとするならば、俺はその文字を描く前に巻物の上下を逆さまにしたこと。


 だが、その違いが決定的な差だ。


ソウェイル


 似ているようで、意味は真逆。


 シロウが描いたソウェイルは太陽の証。

 対する俺のはソウェイルの逆位置。

 日輪すら蝕む、究極の闇。


シギル

「なっ」


 シロウの放った陽光にひるみかけた死霊が、突如広がった暗闇に生き生きと踊り出す。

 速さも大きさも桁違いに跳ね上がった呪霊が、シロウ目掛けて飛び掛かる。


「まだだ……がっ⁉」


 シロウの髪色が、元に戻っていく。

 蛍火のきらめきが霧散して、元の黒色が、水に墨を垂らしたように広がっていく。


「魔法が」


  ウィルドモードは強力だが、その反面、強力なデメリットも存在している。


「ぐああぁぁぁぁあぁぁっ」

「シロウッ!」


 俺の悪霊がシロウの体を貫いた。

 彼の顔色からどんどん血の気が引いていき、土気色に染まっていく。

 胃液のようなものを吐き出して、その場にうずくまっている。


 ウィルドは諸刃の剣。発動中は無類の強さを誇るが、効果が切れればしばらくルーン魔法を使えなくなる。覚えておくんだな」


 かーっ、これ。これがやりたかった。

 親父殿から受け継いだ技を、俺がシロウに伝授する。

 このシーンの実現を、どれだけ待ちわびたか。


「ぐ、待て」

「ん?」


 きびすを返しかけていた体を止めて、振り返る。

 鬼の形相をした、俺とそっくりの顔が俺をにらみつけている。


 こいつ……マジか。


ᛏᛁᚱティルは直撃した。活力を吸われ、精神が疲弊して、その上ルーン魔法まで使えない状態)


 それなのに。


(それなのに、まだ立ち上がるのか?)


 俺の疑問に答えるかのようにシロウは天を仰ぎ、胸を空気で膨らませた。


「まだ、終わっちゃ、いねえェぞォ!」


 ざわりと背筋が粟立った。

 わかっていたつもりだった。

 シロウが主人公だなんてこと。

 追い込まれたときにこそ本領を発揮するのだと。


 だが、頭で理解することと、実際に体験するのとでは大きく異なった。


「謝れ、クロウ」

「謝る?」

「お前を信じて話してくれて、だけどお前の言葉に傷ついた彼女に、謝れッ!」


 なるほど、これが、原作主人公か。

 数々のダークヒーローが、主人公の上位互換たちが何故か敗れた、思いの力。


 その一端に、俺は触れている。


「ガッ」


 属性空で強化した身体能力を十全に使い、ハイジャンプキック。

 シロウが勢いよく転がりながら飛んでいく。


「弱いな、お前は」


 せっかくだ、魅せてやろう。

 ササリスの糸を再現する文字魔法、【模造】。

 刀でも切れない強靭さと、どこまでも伸びる性質を兼ね備えた特殊な糸。

 それを使い、吹き飛び、転がるシロウを引っ張り上げる。


「俺を止めたいなら簡単だ。俺より先に願いを叶えるか、フサルク星の問題を解決すればいい」


 意訳。

 フロスヴィンダは置いていくから、きちんとフサルク星の事件を解決しろよ。


「貴様にできるのなら、だがな」


 決まったな。

 これは、かなり高得点なのでは?

 稼いじゃったなぁ、ダークヒーローポイント。

 くー、できる男はつらいぜ。


「あ、そうだ」


 ササリスがぽつりとつぶやいた。


「この子は人質として預からせてもらうよ」


 ササリスの糸が手繰り寄せたのは、何を隠そうフサルク星の王女、フロスヴィンダだった。


(お、お前えぇぇぇぇ!)


 いまのは、フロスヴィンダを押し付ける流れだったでしょうが!

 しれっと回収してるんじゃありません!

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