第5話 上位互換×下位互換

「それはルーン核。私たちフサルク星の住人にとっての命のようなものです」


 フロスヴィンダが説明すると、ササリスが目を輝かせた。


「ほら! やっぱり! これを人質に身代金を要求すれば相当の額が入ってくるよ!」


 いったん金儲けの話をやめろよ。


 突然のササリスでまごまごしているフロスヴィンダに話の続きを促す。


「私たちにとって、肉体の消滅は命の消滅を意味しません。ルーン核さえあれば、何度でも蘇ることができます」


 一番最初にやってきた二人組も、片方を倒した瞬間にもう一方がルーン核を回収していった。

 あれは救命措置だったわけだ。


 と、いうわけで、今回の目的は達成。


「なら好きに使え」

「え、ちょっ」


 手に持っていたルーン核を、緩い弧を描くようにパス。

 フロスヴィンダの手に収まるように計算されつくした美しい軌道。


 決まったな、ハードボイルドに。


「きゃぁ!」


 落とした。

 落とすな。

 せっかくかっこいい感じで立ち去るはずだったのに、俺の計画をどうしてくれる。


「お待ちください」


 ルーン核を拾ったフロスヴィンダが、立ち去ろうとする俺を足早に追いかけた。


「お願いします! もう少しだけ話を聞いてください! このままではフサルク星だけではなく、この星も、いえ、全宇宙が危ないのです!」

「そうか」


 その話はシロウにしてやってくれな。

 あいつなら絶対力になってくれるから。


「待った!」


 ぐえっ、この絞殺されそうな感じ……ササリスだな!


「師匠、目の前にこんな金づる――じゃなくて困っている人がいるんだよ。みすみす儲け話を逃す――もとい助かるかもしれない命を見捨てるつもりかい?」


 善人ぶってんじゃねえよ金の亡者め。

 肥えに肥えた私欲があふれ出してんだよ。


「困っているなら俺たちが力になるよ」


 シロウが「この人いいこと言ったな」的な様子で共感するように言葉をつづけた。

 騙されるな。


「あなたは?」

「俺はシロウ。俺も、クロウと同じルーン使いだ」


 シロウはケナズの文字を描くと、指先に小さな灯火を描いて見せた。

 暖かな反射光が、フロスヴィンダの瞳に揺れている。


 ふむ。

 まあ、ええやろ。


(一時はどうなるかと思ったけど、なんとか原作の流れに引き戻したな)


 あとはシロウが主人公補正でいい感じに話をまとめてくれるだろ。


 がはは、お姫様を勇者のもとにつれて行くだけの簡単なお仕事だったぜ。

 これにて一件落着。


「シロウさん、お言葉は嬉しいのですが、あなたの魔法は未完成。私たちの知るルーン魔法には遠く及びません」

「なっ!」


 なっ⁉


 あっぶね、声がこぼれかけた。

 シロウと言葉が重なるところだった。

 ダメだ。それはダメだ。


 発言が重なるのは、思考の速度が同格ということ。

 俺の目指すダークヒーローは、あらゆる面で主人公の上を行かなければならない。

 同じ内容で同様のリアクションを取ってはいけないのだ。

 常時「その話なら知っているさ」と演じ続けなければいけないのだ。


「先の戦い、少々、拝見させていただきました」


 あ、ああ。あれね。

 シロウがフサルク星人にいいようにボコられてるシーン。

 でも待って、フロスヴィンダ。

 あれは、これから戦う相手の脅威をわかりやすくプレイヤーに伝えるための演出だから。

 シロウのポテンシャルはこんなものじゃないから。


「ルーン魔法は、私たちフサルク星人の持つ力を凝縮したもの。万象を自在に御す力は本来、私たちの力をはるかに超えていなければなりません」


 あっ、あっ。

 待って。この流れはマズい。


「俺じゃ、力不足だって言うのか」


 意気消沈気味に零れたシロウの弱音。


「あなた方は我々と違い、肉体の消滅が死を意味します。不用意に危険へ近づく必要はございません」

「同じことだろ! クロウになら任せられる。けど、俺は信頼できねえ。俺が未熟だからと、はっきりそう言ったらどうなんだ!」


 落ち着け、俺はできる子。

 冷静に考えろ。


 よし、冷静に考えた。

 そしてひとつの結論が出た。


(あれ? これって俺がフサルク星人をボコした後に、フサルク星人にボコされてるシロウに合流したせいで起きた悲劇じゃね?)


 まずいですよ!


「本来、このような言葉を使うのは、私の好みではありません」


 原作ではこの時点で俺は未登場。親父殿は行方知れず。

 だから必然、フロスヴィンダはシロウに頼らざるを得なかった。


「しかし、はっきり申した方があきらめがつくというのなら、あなたを危険から遠ざけられるというのなら、私は心を鬼にいたしましょう」


 本来は最後の頼みの綱がシロウだった。

 だが、ひるがえって今回はどうだ。


(今回は、俺がいる。シロウの上位互換がいてしまっている)


 そんな中、フロスヴィンダがシロウに護衛を頼む意味って何。


「シロウさん。あなたでは、実力不足です」


(しまったぁぁぁぁぁ⁉)


 完全に想定外だった。

 このままではダメだ。

 フロスヴィンダがシロウを導いてくれなくなる。

 シロウのルーン魔法強化イベントが全部白紙になっていく。

 それはマズい!


(頼む、ササリス! シリアスブレイクはお前の十八番だろ⁉ この流れ、どうにかぶった切ってくれ!)


 藁にも縋る思いでササリスを見た。


「ふふん」


 ササリスは我が意を得たりと言いたげなドヤ顔をしていた。

 こいつ……!


(ダメだ。シロウの悪口言うやつに無条件で機嫌がよくなりやがる)


 あなたはいつもそう!

 俺の思った通りに行動してくれることなんて一度もない!

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