第9話 中国×三千年×歴史

 全力でかかって来いって言われてもなぁ、正直、いまのシロウが相手になるレベルに俺はいない。


(いや、ワンチャンあるか?)


 さっきだってそうだ。

 罪の意識と向き合い、そのうえで自分の信じる道を歩くと決めてから、シロウのルーン魔法は威力が極端に上がった。


(シロウは絶望の淵に面するほどに強くなる)


 昔、偉人か思想家が言っていた。

 私を破壊するに至らないすべてのことが、私をさらに強くする。

 シロウはまさにそれだ。


(なら、一度実力差を突き付けるのもまた一興か)


 見せてやるか、格の違いってやつを。


ラグズ


 虚空にルーンを描く。

 シロウが呼応するように文字を描く。


ラグズ


 俺と、シロウ。

 二人の描いた水を表すルーン文字。


 ほぼ同時に展開された二人の魔法は、二人の中間で激しくぶつかり合った。


「ぐっ⁉」

「きゃぁぁぁっ!」

「ナッツ! 私の後ろへ!」


 シロウは必死に抗戦するが、実力の差は明白。

 俺のルーン魔法は見る見るうちにシロウへ肉薄している。

 食い破るときはそう遠くない。


 だが、まだ足りない。

 それだと思い知らせられない。

 俺とシロウの間にある、このいかんともしがたい実力の差を。


「どうしたシロウ、自慢の人を守るためのルーン魔法は! まずはテメエの命から守ってみせろよッ!」


 だから、もう一方の手で文字を追加する。


「【龍】」


 変化する、俺の放ったルーンが生み出す水流が、姿を変えて龍となる。

 かろうじて保てていた均衡が、一瞬で崩れ去る。


「なっ!」


 気持ちいいぃぃぃ!

 シロウが驚愕して声をこぼす瞬間はたまらないぜ!


(ん?)


 硬い。

 なんだ?


(シロウに水のルーンが直撃する直前、何かが邪魔をした?)


 だが誰が、どうやって。


「諦めるなシロウ」


 声がしたのは、俺の背後からだった。


「お前は、アルバス!」

「様をつけろよ、劣等種」


 ん?

 妙だな、アルバスはイサのルーンで停止させていたはず。


「師匠師匠」


 なに。いま考え事してるんだけど。


「さっきアルバスから頂戴したお宝、なんにも対処してないけどよかったの?」

「……ん?」


 あ、あれ?

 ちょっと待てよ?


(アルバス封印のカギはササリスが回収したんだよな。回収した後は妖刀ネフィリムで因果律を操作する手はずだったんだよな)


 だけど回収し終えてすぐにラーミアがやってきて。


(あ、やべえ。この道具、起動したままだ)


 そういうのは早く言えよ!?


「なあ、シロウ。これでわかっただろ? 君とクロウの間には、埋めがたい実力の差がある」


 アルバスの封印がほとんど解けてる。

 というかこれ下手したらこの町の封印はもう解けてて、俺のイサが最後の楔になってるんじゃないか?


 よし、結果オーライってことにしておこう。

 だってほら、


「ボクを貫くこの糸を壊せ! 力を貸してやろう!」


 夢にまで見た主人公とラスボスのドリームタッグが、いまここに誕生する!


「断る!」


 ……ん?


「断る!」


 二度言わんでいい。


「わからないなぁ」


 アルバスが言葉に怒気をこめる。

 彼の苛立ちが目に見えるようだ。


「君ではクロウに勝てない。だが、ボクなら違う」

「うるさい、これは、俺とクロウの問題だ」


 シロウの視線が俺とアルバスを行ったり来たり。

 なるほどね、読めたぜ。

 アルバスと俺を両方同時に相手取るのは難しい。

 そんなところだな?


(ま、一度のみならず二度までも、シロウはアルバスに騙されているからな)


 一度目は言うまでもなく、雪国における愚者の禁門。

 あれが、アルバス復活のための儀式だったことはシロウにもわかっていることだろう。


 そして二度目はドワーフの国。

 シロウはアルバスの言葉を信じ、ナッツを危険にさらす失態を犯している。


(アルバスの野郎ざまぁ! 日頃の行いが悪いからだぞ! チクショウ!)


 おかげで俺の計画はめちゃくちゃだ!

 シロウとアルバス、二人同時に相手取る日を夢見てきたのに、どうしてくれる!


「劣等種がッ! ちっぽけなプライドに拘ってんじゃねえぞ!」


 どうしたアルバス。やけに必死だな。

 言葉に余裕が無いぞ。


「ちっぽけだから、守らなきゃいけないんだ!」


 シロウが俺に指先を向けた。


ᚱᚢᛗラムッ!」


 ライドが意味するところは輪。

 ウルズが意味するは新たな始まり。

 マンが表すのは人。


 つまりこのルーンが意味するものは……和睦!


 発想は悪くない!

 だが、俺には無意味だ。


「【己】」


 我や自と悩んだけど、選ばれたのは己でした。

 理由は画数が少ないから。


「まただ、またあの文字だ」


 シロウが発動したのは3文字のルーン魔法。

 対して、俺の文字魔法はたった1文字。


 文字数が増えれば制御が難しくなる。

 御するためには威力を落とすしかない。


 3文字のルーン魔法が、1文字の文字魔法に敵う道理などどこにも無い。


「くっ、まだだ!」


 シロウが次から次へとルーン魔法を展開する。

 ズルいよなぁ。

 俺は子どものころから魔力トレーニングを積んできたのに、こいつは特にそういう過去もなくこの魔力量だぜ?


「く、何かあるはずだ……! やつの文字を攻略する手がかりが!」


(ん? ああ、そういうことか)


 ルーン魔法の乱れ撃ち。

 届かない攻撃に何の意味があるのかと思ったが、ようやく理解できた。


(俺の文字魔法の共通点を探して、解析しようって魂胆だな?)


 おおよそ、独自の言語を生み出すうえで、複雑なルールは作れないという想定か。


「残念だが、シロウ。俺の扱う文字は三千年の歴史を誇る。ましてその文字数はゆうに二千を越える」

「なっ!?」

「一朝一夕で物にできる代物ではないッ!」


 言ってて思うわ。

 漢字、マジで頭おかしい。


「師匠、師匠」

「なに」

「師匠って、あたしと初めて会った時にはその文字使ってなかった?」

「うん、ちょっと黙ってて?」


 せっかくカッコいいシーンだったのに台無しになるでしょうが。


「おいシロウ! いくら劣等種でも身に染みてわかっただろ! ボクを解放しろ! 助けてやる!」


 シロウは一拍、間を置いた。


「ダメだ、それはできない」


 効いてる効いてる。

 自分では俺に勝てないと理解して、藁をもすがる思いが膨らんでいっている。

 手に取るようにわかるぞ、お前の考えが!


「クソが!」


 アルバスが悪態をつく。


 うーん。

 せっかく決戦の舞台にお前を呼んでやったんだ。

 そろそろシロウをきちんと説得しろよ。

 民なき悪王よ。

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