第8話 白×黒×英雄

 ラーミアの騎士然とした態度に感銘を受けていると、彼女の背後、地上へつながる階段から駆け足で降りてくる足音が聞こえる。


「ラーミア! 大丈夫⁉」

「ああ」


 足音は、ひとつだけではなかった。

 その後ろから、さらにもうひとつ。


「来てくれたか、シロウ」


 ……見違えた。

 そう、思った。


 顔つきが勇ましくなった。

 覚悟を決めた男がそこにいる。


「ごめんラーミア。待たせた」

「答えは、見つかったみたいだな」

「ああ」


 ひやひやしながらササリスの方を見る。

 正直いつシリアスを壊すんじゃないかと気が気でない。

 耐えてくれ、シリアス……!


「ずっと、目を背けてきた。犯した罪の重さを受け入れられずにいた。でも、それももう、やめる」


 俺の視線に気づいたササリスが手を振ってる。

 違う、そうじゃない。

 いま緊迫したシーンなんだよ。

 ほのぼのした空気にするな。


「最初からひとつだったんだ、俺にできることなんて」


 ササリスが指先から水を生み出しながら、ハートマークを描いている。

 違うって、絶対それやるタイミングいまじゃない。

 見ろ、向こうとの温度差。

 静かにしててもシリアスを保てないのかお前は。

 くそ、こんなの、どうすればいいっていうんだよ……!


「誰もが笑って暮らせる世界を切り開く。それが俺の、償いだッ!」


 た、耐えた! ……のか?

 シリアス、だったよね。

 うん、シリアスだった!

 シリアスだったことにしておこう!


「傲慢だな。すべてを救うなんて不可能だ」

「夢を追うことが罪なら、俺はその罪を背負って歩き続ける!」


 ひゅぅ、さすが主人公。

 はっはー、嬉しいぜ。

 でもここは否定しないといけない。

 なぜなら俺はシロウと真逆の思想を持つ男だから!


「そういうのを、開き直りっていうんだよ」


 シロウはそれでいい。

 理想と現実のギャップに悩んで、悩んで、悩み抜いて、最後には原点に回帰する。

 悩んだ分だけ強くなった信念を携えて。


ケナズ

ラグズッ!」


 炎と水が相対する。


(っ! 重いッ!)


 手加減をしなかったと言えば嘘になる。

 それでも、さきほどまでのシロウの力量を考えれば十分な威力で打ち出した。

 シロウの魔法を蹴散らす威力を込めたはずだった。


(こいつ、さっきまでとはまるで別人じゃねえか!)


 ルーン魔法の威力は、ルーン文字の制御の力量によって最大値が決まると言ってもいい。


(悩みを振り払った! 迷いがなくなった! ただそれだけで、ここまで威力が上がるものなのか⁉)


 認めよう、初撃の打ち合いは俺の負けだ。

 一度ここは回避に専念して……いや待てよ?

 あのセリフを言うならここしかないんじゃないか?


「くっ、これほどの力、いったいいつのまに!」


 これだよ! これだよなぁ!

 主人公が覚醒したら、敵キャラは驚愕する!

 これはもはや様式美!

 驚愕とはかけ離れたキャラが大げさに驚いているとなおよい。


「クロウ! いまこそ見せてやる!」


 対峙する俺とシロウの間には、水蒸気が煙幕のように広がっている。

 だから、シロウの姿はおぼろげだ。

 それでも、はっきりとわかった。


 ――淡青色の、力強い光。


 白煙の向こうにきらめくそれは、ルーン魔法の輝き。


 ここに来て、いや、この時を待ってか!


「もういっちょ……ラグズッ!」


 両手を使った、ルーン魔法の同時発動!


 ケナズの炎が、シロウの生み出す激流に飲まれていく。

 熱エネルギーも光エネルギーもいっしょくたに、変幻自在の水へと溶けていく。


 さすが主人公だ!

 覚醒して、成長した直後に、さらなる成長を見せるなんて!


 だが、まだ遠いな。


(避けることはできる。迎え撃つこともできる)


 早く来いよシロウ、俺や親父殿の領域まで。

 お前のポテンシャルはこんなものじゃないだろう?


(だがまあ、立ち直ったご褒美だ)


 一発くらい、食らってやってもいいか。


(攻撃してきな! さあ来い!)


 激流の二重螺旋が、俺へと肉薄する。

 いままさに衝撃波を体内にぶつけようとする。


 その直前。

 俺に直撃するまさに寸前。

 迸る激流の荒波が、俺の眼前から姿を消した。


 指向性を失った水流は、重力を思い出したかのように地面に縛られ、床の隙間から地中へとしみこんでいく。


「……なんのつもりだ、シロウ」

「言ったはずだ。俺は、みんなの笑顔を守るためにルーン魔法を使う」


 水蒸気の白霧が晴れる。

 シロウの目が、真っ直ぐに俺を見つめている。


「そのみんなの中には、お前も含まれているんだよ、クロウ」


 やだかっこいい。

 じゃなくて。


「甘いな。俺は貴様の対極にいる。貴様が自らの信念を貫き通したいなら、俺を殺せ」

「クロウを殺して相反する信念を否定したら、それはお前が正しかったということになる」


 俺は笑った。

 シロウの言ってることは真っ当だ。

 というか、そういう構図になるように俺が仕向けた。


「ハッ、それで、英雄気取りのお前はどうするつもりだ?」


 炎のルーン魔法を放つ。

 小さく、だが鋭く、そしてはやい。

 弾丸のような一撃だ。


「わからない」


 シロウの眼前に水球が現れた。

 水球は俺が放った炎の弾丸の直線上にいて、エネルギーを呑み込み、吸収した。

 推進力を失った炎のルーンは、水球の中で消滅する。


「クロウ、お前は大事なことを何ひとつ話してくれやしない。そんなお前とわかり合うなんて無理だ! ……だから」


 シロウがぐっと拳を握る。

 固めた拳で胸を叩き、それから前、つまり俺に向かって人差し指をさした。


「全力でかかってこいクロウ! お前のすべては、俺が受け止めてやる!」


 オイオイオイ。

 死ぬわアイツ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る