第7話 幻想×夢想×正義
石室の隠し通路を階下に向けて歩いていくと、やがて厳かな空間へと飛び出した。
直径1メートルほどの円柱が規則正しく整列されて、ヒエログリフのような文字があちらこちらに刻まれている。
「やあ、遅かったね、クロウ」
そいつは、部屋の奥に安置された石棺のようなオブジェクトに腰を掛けてニヤニヤと笑っていた。
アルバスだ。
「そいつが、お前の最後の封印のカギか?」
アルバスの手には、使い道がわからない、黄金で出来た小道具が握られていた。
首飾りに見えた。ペンデュラムにも見えた。
「君が知る必要は無いよ。もう、手遅れだ――」
言い終わる前に、アルバスが飛びのいた。
だから、俺の一刀は空を滑るに終わった。
一刀の名は妖刀ネフィリム。
斬り損ねたのは手遅れの概念。
「まだ早いんじゃないか? 勝利の余韻に浸るのは」
「いきがりが」
アルバスが両手を胸の前で合わせる。
合掌を皮切りに、無数の魔法が俺に向かって襲い掛かる。
しゃらくさい。
「
地水火風入り混じる魔法の群れに向かってルーン魔法を放つ。
「魔法の制御を奪うルーンか? 残念だったなッ! それはシロウに見せてもらった! そのルーン魔法では……なにッ⁉」
得意げに語り出したアルバスの思惑とは裏腹に、四属性の魔法はアルバスに向かって襲い掛かる。
「通用しないのは、シロウのルーン魔法だろ?」
気持ちいいいぃぃぃ!
これが、これがやりたかった!
言いたい、次のセリフを言うのが待ち遠しい!
「同じルーン魔法でも、使い手の技量が変われば威力が変わる。同じと見くびるなよ――」
「ふぅん、これがお宝?」
「⁉」
「⁉」
アルバスが驚愕で目を見開いた。
俺も驚愕で目を見開いた。
「お前、いつのまに!」
気が付けば、アルバスの手から宝石が消えていて、代わりにササリスの手に握られていた。
「売っても二束三文にしかならなそう」
「それはボクのものだ!」
「あはは、おかしなことを言うね! 万物は流転するのさ。所有者だって移り変わる。いまはあたしがこのお宝の持ち主さ!」
カッコよくジャイアニズムを語るな。
「返せ!」
アルバスが襲い掛かる。
ササリスが応戦気味に糸を繰り出す。
「自慢の糸魔法か? 無駄だ! いまのボクは精神体! 物理的干渉は無意味ッ!」
「そうだね、あたし一人ならね?」
「何を言って……⁉」
悪いね、アルバス。
「お前と戦う可能性は、事前に予測していた。対策も無しに、ここへ来るわけがないだろう」
いま、ササリスが繰り出した糸は魔法で編まれたものではない。
俺の血をたっぷりと吸い込ませた、ただの糸だ。
その糸の内側にササリスが極細の糸を通し、操る。
アルバスに向かって最短距離を走らせればあの血文字が完成する。
停止を意味するルーン文字だ。
「しばらくそこで寝ていろ、ジジイ」
あとササリス、べろべろと糸をなめるな、不衛生だ。
俺の肌が嫌な粟立ち方をする。
(さて、俺の予測が正しければ、そろそろか)
ちょうど、階段の方から、重装備を身にまとった騎士が階段を駆け下りてくる足音がする。
「待て!」
この地下フロアに到着すると、その騎士は大きく息を吐き、汗をぬぐい、それから俺をじっと見た。
「チッ」
ササリスが不機嫌そうに舌打ちする。
落ち着けササリス、立派に実ったラーミアのおっぱいに罪は無い。
「またあんた? 見事なイワシの頭ね」
お、ササリスがなんかいい感じの言葉チョイス。
俺の中で高評価。
「イワシ?」
「それは、あれよ。ほら……えっとなんだっけ」
ダメだ、こいつ言葉の意味を分からずに使ってやがる。
高評価を取り消して低評価つけとこ。
「一度信じてしまえば、無価値な信念でも大事に守り続けるって話だ」
「そ、そう! それ!」
ラーミアが歯を食いしばる。
「無価値?」
「無価値だ。いや、場合によってはもっとたちが悪い――さしずめ
例え話をしよう。
災害時、医療スタッフは限られた医薬品や医療資源を最大限活用するために、治療や搬送の優先順位を決定する。
これをトリアージという。
優先順位は本来、けが人の症状によってのみ決定されるべきだ。
ここでは情を捨てて、論理にのみ従わなければならない。
小さな子供が、お母さんを助けてとどれだけ泣いたとしても、その母親に助かる見込みがないなら切り捨てなければならない。
情を持てば、その思いに応えようとすれば、その分だけ助かるはずだった命が危険に脅かされる。
「幻想だよ、お前たちの抱えている理想なんて」
「違う、心と心で対話すれば、わかりあえる。正しい道を進んでいける!」
ラーミアが叫んだ。
「あたしもそう思う!」
ササリスも叫んだ。ラーミアは困惑している。
「お前ちょっと黙ってろ」
「みぎゃっ」
あと脱ぐな。
心と心の対話ってそういう意味じゃねえよ!
さて、気を取り直しまして。
「お前たちは物事を善悪で二分できると考えているが、それがまず間違いだ」
「……正義など無いとでも言う気か?」
「正義しかない、だ」
ササリスが胸を張った。
「そう。あたしの行いも、すべてが正義」
「オーケーササリス。ならば戦争だ」
「いたいっ」
おとなしくしていなさいまったくもう。
「自分が進んでいる道を間違いだと言いながら歩き続けられる人間はいない」
自堕落な生活を送るにしても、人質を取られて他人を傷つけるにしても、必ず最後にはこう付け加える。
仕方がなかった。
間違いだと思いながらも歩き続けるときには、必ず正当化する言い訳が存在する。
言い訳しない人間は、途中で道を引き返す。
あるいは道半ばにして挫折する。
「話せばわかるなんてのは夢物語だ。譲れない信念同士だから、衝突が起きる。争いを終わらせる唯一の方法は、相手の信念を砕くことだ」
よし。
ここと見た! ルーン魔法を発動するべきは!
「
「ぐっ」
ラーミアが盾を構えて炎から身を隠した。
「どうしたクルセイダー。守ってばかりじゃ勝てないぜ?」
「……たしか、クロウ、だったな」
炎の向こうから、声がする。
「貴様は勘違い、している」
「勘違い、だと?」
「ああ」
炎が晴れる。
舞い散る火花の切れ間から、ラーミアの鋭い視線がこちらを向いている。
「夢は諦めるものではない、叶えるものだ」
か、かっけえぇぇぇ!
ラーミア姐さん、マジリスペクトっす!
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